アートのパワー 第2回 「ホイットニー・ビエンナーレ」(後編)


ちょうどチャコンの作品の通路の反対側には別の黒幕に囲まれたスペース。何人もの鑑賞者が並んでいた。
アルフレード・ジャー、1956年 チリ、サンチアゴ生まれ、ニューヨーク在住。
「06.01,2020 18:39」(2022)ビデオ、音、ファン。
2020年に起きたジョージ・フロイド殺人事件にBlack Lives Matterの平和的に行進するデモが多くの場所で行われた。ワシントンのホワイト・ハウスの前にある広場でもデモが行われていた。トランプ大統領が向かいの教会の前で聖書を持つ写真を撮りたいばかりに、デモの参加者を退かす為にバー法務長官が連邦政府軍を動員した。連邦軍が催涙ガス、スタン擲弾、ゴム弾を発泡した。2機の軍のヘリコプターが低く飛び木の枝がローターに折られた。ヘリコプターが巻き起こす突風を天井からの巨大ファンで体感させるインスタレーション突然上空に現れ、強風と爆音で人々を制圧しようとするヘリコプターが、体制側のもつ暴力的かつ、威圧的なシンボルとして上手く表現されていて、強く印象に残った。プロジェクターで等身大に映し出す。


軍事用ヘリコプターの使用は国政的人権法で禁じられている。ジャーは「私のチリでのピノチェ経験を思い出した」「その時に気がついたことはファシズムがアメリカに到来したことであった」とキャプションに書いている。
過去、この様に強く訴えたのは1989年のホイットニー・ビアナーレでWho Killed Vincent Chin(誰がヴィンセント・チンを殺した)という題名のドキュメンタリーだった。当時日本車販売の成功にアメリカ産の車の売れ行きが低迷し、ジャパン・バッシングが起こっていた。車産業の都市、デトロイトで起きた殺人事件。若い中国系アメリカ人ヴィンセント・チンが日本人と間違えられ車産業の工場で職を失った男性と義理の婿が彼を殺した。裁判では裁判官がその二人は刑務所に行かせる様な人達ではないと判断を下した。1982に起きたこの事件はレネー・タジマとクリスチーン・チョイがドキュメンタリー化した。この事件がアジア系アメリカ人の民権運動の始まりだと言われている。
Asian Hate Crimes (アジア系の人達への増悪犯罪)が気になるこの数年。このドキュメンタリーは今PBSのPOV(Point of View)で見ることができる。

ホイットニー・ビエンナーレの交代制の学芸員達はこの様な政治的/社会問題な作品ばかりを選ぶ訳ではないが、その時その時の事情を取り上げている作家に十分焦点を置いてきている。鑑賞者に考えさせる作品が多く見られる展覧会、今回は特にそう思わされた。自由の表現、アートのパワーを通してこの様なビエンナーレを続けていることでアメリカの良さを見せてくれていると深く感じる。
ホイットニー・ビエンナーレは9月5日まで続く。
(了)

文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学、美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院、東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術への関心を基にTOPPI(突飛)NYCを創立。人類のビーズとの歴史は絵画よりも遥かに長い。改めて素材、技術、文化、貿易等によって変化し来た表現に注目。独自の文法と語彙を視覚的言語と思いアクセサリー作りを行っている。
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