連載853 「台湾有事は日本有事」は口先だけ。
日本人に本気で中国と闘う覚悟などない(中1)
(この記事の初出は8月9日)
誰が本気で台湾のために戦うのか?
ペロシ下院議長は、台湾訪問後、日本を訪れて岸田首相と会談した。その後、岸田首相は、例によってお決まりのセリフを口にした。
「台湾海峡の平和と安定を維持するため引き続き“日米で緊密に連携していく”ことを確認した」
この言葉をそのまま受け止めれば、日本はアメリカとともに台湾を防衛するということになる。つまり、「台湾有事は日本有事」ということになり、日本もアメリカ軍とともに自衛隊が台湾防衛戦争に参戦するということになる。
しかし、日本の政治家も日本国民も、本気でそんなことを思っているとは、私にはとうてい思えない。「ウクライナの次は台湾」だとして、保守派、右派は、防衛力の強化、防衛費の増額を訴えているが、彼らが本気で、台湾のために日本人の血を流してもいいと考えているとは思えない。
まして、大義名分である「自由、人権、民主主義を守る」などと、誰一人思っていないだろう。
すでに内閣改造で退任が決まっている岸信夫防衛相は、中国の軍事演習に対して、「国際社会の安全保障上の強い懸念となっている。重大な関心を持って情報収集、分析に努める」と、いつも通りの定型句を述べただけである。本当に、寝ぼけているとしか思えない。
日本のお気楽メディアの米中批判
日本のメディアも、寝ぼけているとしか、言いようがない。現実を見据えて、論説を唱えているところは少ない。とくにリベラルメディアは、中国を非難する一方で、アメリカも非難するのだから、信じがたい。
たとえば、『朝日新聞』は、中国に対して「武力を振りかざす示威行動は許されない」と書いたうえで、「ペロシ氏の行動についても疑問を禁じ得ない側面がある」と批判した。「なぜ、この時期を選んだのか。(アメリカは)地域の安定に資する外交戦略を描いていたのだろうか」と言うのだ。そしてさらに、そんなことは誰も期待していないし、できるわけがない結論をこう述べた。「緊張緩和に向け、日本も米中の『橋渡し役』の役割を十分に発揮すべきときだ」
コメンテーター、評論家のなかにも、リベラルメディアと同様の「おめでたい」コメントをする人々がいる。とくに、アメリカを批判すれば、高邁な言説と勘違いしているらしく、ペロシ訪台は、現在82歳で、引退間近の彼女が「自己のレガシー(歴史的評価)を追求するためだった」と解説する向きがある。
ともかく、ペロシ訪台は中国を挑発する行為だから、台湾海峡の緊張をいっそう高めてしまったと言うのである。
訪台中止は中国に屈したことを意味する
たしかに、『孫子の兵法』では、敵を追い詰めてはいけないとなっている。そうすれば、相手は本気になり、さらに軍備を強化してくる。実際、そうなっているのだから、「ペロシは無用なことをしてくれた」と言うのも一理あり、日本の政治家の多くは、そう思っているに違いない。彼らは、「経済は中国、安全保障は米国」を続けて、なによりも、余計なことをしないで済ませるのが理想だからだ。
しかし、いまや、こうした“日和見”は通用しない。
それは、中国の台頭が、もはやアメリカの世界覇権を脅かすレベルにまで達し、このまま行けば、世界はいままでとは違う世界になる可能性があるからだ。
ウクライナ戦争はアメリカの覇権後退を、世界中に見せつけた。後方支援するだけで、侵略国ロシアとは直接対決しないのだから、もはやアメリカは頼りにならない。
そんななか、台湾まで同じ対応をしたら、どうなるだろうか?
7月半ばに「ペロシ訪台」が報道されてから、中国は一貫して「訪台したら、なにが起こるかわからない」「火遊びをすれば身を焼く」と、ペロシ訪台を牽制し、やめさせようと行動してきた。7月28日のバイデン大統領と習近平国家主席との電話会談でも、その意向は伝えられた。
ということは、もしペロシ議長が訪台を止めたら、アメリカは中国の圧力に屈したことになり、アメリカの世界覇権はさらに後退してしまう。米中の覇権交代の可能性が高まっていく。そんなことをアメリカが許すだろうか。
(つづく)
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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。