連載857 「日の丸半導体」の復活はあるのか? TSMC誘致は懲りない経産省の“哀しき願望”(上)
(この記事の初出は8月16日)
コロナ禍、気候変動、インフレの三重苦に日本中があえぐなか、経済産業省は、またしても巨額の税金を日本経済復活のための事業につぎ込んでいる。今回の目玉は、「日の丸半導体」の復活で、台湾のTSMCの誘致に4760億円もつぎ込んだ。
世界的な半導体不足もあって、この誘致はメリットが大きいとされるが、はたして本当なのか? 専門家の見方は懐疑的だ。
半導体は「産業のコメ」として、最重要な戦略物資で、その調達に失敗すれば、自動車産業を核とした日本の最後のものづくりも崩壊しかねない。
TSMCの工場建設が始まった熊本県菊陽町
熊本県菊陽町は、熊本市中心部から約15キロの郊外に位置する人口約4万4000人の町。農業が盛んだが、東京エレクトロン、ソニーセミコンダクタ九州、富士フイルム九州の工場などがあり、「シリコンアイランド」九州の一画を形成している。
そんな町で、いま、1兆円規模の巨大プロジェクトが進行している。ニンジンやキャベツ畑が広がる農地のなかを、ブルドーザーや大型トラックが行き交い、クレーンが立ち、新工場の建設が行われているのだ。
新工場の敷地は23万平方メートルで、福岡のペイペイドームの3.3個分の広さ。2023年6月までに工場棟の建設を終え、2024年12月に操業が開始される予定という。
新工場のオーナーは台湾TSMC。TSMCの子会社「JASM」が工場を運営し、ソニーグループとデンソーも出資し、日本政府(経済産業省)がなんと投資額の約半分にあたる4760億円を援助する。
TSMC(台湾積体電路製造股?有限公司、略称:台積電、英語名:Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd.)は、言うまでもなく、世界最大の半導体ファウンドリ。世界の半導体シェアの5割以上を占める巨人である。
これまで、「日の丸半導体」の復活にことごとく失敗してきた経済産業省は、日本企業ではなく、なんと台湾の巨人を誘致する策に打って出たのである。
はたして、この策は成功するのだろうか?
賛否両論があるが、今日まで私が専門家の意見を聞いたところでは、きわめて懐疑的だ。
経済効果1兆8000億円に湧く地元
TSMCの熊本工場建設にあたって、これまで、日本のメディアは好意的な報道を繰り返してきた、最近でも、NHKや日経新聞が、工場建設に湧く地元の状況を伝えている。熊本の地銀「肥後銀行」では、新たなプロジェクトチームを立ち上げ、他企業の誘致や人材確保、コンサルティングなどのビジネスに乗り出した。
なにしろ、数千人規模の雇用が生まれ、それとともに、居住、飲食、教育など、あらゆる分野の需要が見込まれる。とくに半導体産業本体においては、優秀な人材の獲得競争になる。
たとえば、すでに運営会社のJASMでは、来春入社の新卒採用に着手し、10人強の学生が内定したという。大卒初任給は28万円で、この額は、三菱商事の25万5000円やトヨタ自動車の20万8000円よりもかなり高めだ。熊本県庁の初任給は18万8700円だから、すでに地元では、就職競争が始まっている。
いまや少子化で日本中が人口減となっているが、菊陽町は例外。今後、一気の人口増が見込まれる。そのため、不動産は値上がり中だ。地元の不動産業者の話では、土地を手放すタイミングを見ている人間が多く、土地探しが難航しているという。
肥後銀行が試算するTSMC関連の経済効果は、合計1兆8000億円。これにいま、さまざまな業界が群がろうとしている。
(つづく)
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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。