連載859 「日の丸半導体」の復活はあるのか?  TSMC誘致は懲りない経産省の“哀しき願望”(下)

連載859 「日の丸半導体」の復活はあるのか?  TSMC誘致は懲りない経産省の“哀しき願望”(下)

(この記事の初出は8月16日)

 

熊本工場の生産ラインは何世代も前のもの

 技術流出は企業が連携する以上、防ぎようがない。ただし、それ以上に問題なのは、TSMCの熊本工場が、最新の半導体生産工場ではないことだ。
 半導体で注目されるのが「回路幅」。狭ければ狭いほど性能が上がる。現時点で最先端のスマートフォンに用いられているのは「5nm(ナノメートル)クラス」。1nmは1mの10億分の1だ。
 したがって、この5nmの生産が最新工場での最善の選択だが、なんと、TSMC熊本工場では、22~28nmという何世代も前の技術の製造ラインとなるという。
 TSMCは、現在、熊本工場と平行して、アメリカのアリゾナ州に日本円にして1.5兆円を投じて、新工場をつくっている。この工場の製造ラインは5nmという。つまり、日本の工場は、TSMCにとってはすでに完成した技術を持ち込むだけであり、この工場では次世代に半導体の微細加工プロセス技術も、それを担う人材も育たない。
 アメリカ半導体工業会(SIA)の報告書によると、10nm以下の先端半導体の製造拠点の92%はTSMCを筆頭とする台湾にあり、残りの8%はサムスン電子がある韓国にある。現在、最先端の半導体の回路幅は3nmだが、これをつくれるメーカーはTSMCとサムスン電子だけである。
 ちなみに、日本のルネサスエレクトロニクスは、自社内では40nmクラスのものしか生産できないという。

半導体は「経済安全保障」の戦略物資

 世界中で半導体不足が起こり、また、米中対立が続いているため、注目されるのが「経済安全保障」である。半導体は、その最前線にある戦略物資だ。
 アメリカでは、さる8月9日に、バイデン大統領が「半導体産業支援法」に署名した。この法案は、半導体産業に527億ドル(約7兆1000億円)の巨額の補助金を投じるというもの。これにより、アメリカの半導体産業が活気づくのは間違いないが、それとともに、中国を牽制する狙いがある。
 というのは、補助金を受け取る企業は、中国国内での半導体の生産を増やさないという条件が設けられているからだ。中国は、世界一の半導体使用国だが、生産技術はまだ先端からはほど遠く、自給率は2割に満たない。
 この状況を保ち、中国に先端技術を渡さないようにするのが、アメリカの狙いだ。
 しかし、アメリカ人も日本人も甘いのは、台湾と大陸とのつながりに疎いことだ。TSMCは大陸内に多くのファブ(工場)を持っている。南京には、巨大なファブがあり、12nmの半導体を生産している。台湾のビジネス界は、大陸とは血縁、同郷でつながっていて、それを考えると、TSMCとビジネスすれば、技術流出は防げないだろう。

シリコンバレー「起業家1000人派遣」の愚

 それにしても、経産省の産業支援政策は、大きな絵図がない。しかも、杜撰だ。「日の丸半導体」の復活と経済安全保障を考えれば、TSMCの誘致はありえないばかりか、同じく税金を投じるキオクシアへの補助もありえない。
 経産省は、7月末、TSMCに続き、半導体大型支援第2弾として、フラッシュメモリ大手のキオクシアが米ウエスタンデジタルと協業で三重県四日市市に建設する新たな生産設備(第7製造棟)に対し、最大929億円を補助することを発表した。これは、全投資額約2788億円の3分の1を国が出すということだ。
 キオクシアは旧東芝メモリで、株主は東芝40%程度とファンドだから、日本企業とは言えない。
 今回の内閣改造で経産大臣を外れたが、前経産大臣の萩生田氏には、戦略的思考がなかった。補助金を出すなら、プロジェクトの未来をはっきりと見定めるべきだが、単なる税金の丸投げである。
 その極めつきが、先月末に萩生田前経産省がシリコンバレーを視察して発表した「起業家1000人派遣」計画だ。
 今後5年間で1000人規模の日本の起業家をシリコンバレーに派遣し、競争力の強化につなげるというのだ。
 萩生田前経産相は、「1000人規模の起業家がシリコンバレーのダイナミズムを持ち帰ってくれば、日本のスタートアップの景色も一変するはずだ」と言ったが、オメデタイと言うほかない
 どのくらいの期間派遣するのが知らないが、「ここがグーグル本社、あそこがフェイスブック」というガイドツアーに毛が生えたものになるのは間違いないだろう。
 残念ながら、「日の丸半導体」の復活はないと、最後に述べて終わりにしたい。


(つづく)

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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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