連載861 加熱する食料投資とフードテック投資
世界的な「食料危機」は日本も襲うのだろうか?(中)
(この記事の初出は8月30日)
最大の原因は地球温暖化による「気候変動」
世界最大の小麦生産国は中国である。その中国で、今年は過去にない小麦の価格上昇が続いている。それは、昨年の豪雨で作付けが遅れ、それにより収穫量が大幅に減ったからだ。そのため、中国政府は、今年になって3回も農家に補助金を支給した。
さらに世界第2位の小麦生産国のインドも、昨年来の異常気象により収穫が低減し、今年の5月に小麦の輸出を停止した。
気候変動による異常気象は、今年は昨年を上回って激化している。もはや、「記録的」とか「観測史上初」という言葉は日常茶飯事になり、それを伝えるニュースにマヒしてしまった人も多いと思う。
北米でも中国でも、そして欧州でも記録的な豪雨と熱波が繰り返され、干ばつが世界中で発生している。とくに欧州は、歴史的な干ばつの影響でドイツのライン川の水位が低下して大型船が航行できなくなったり、セルビアのドナウ川で第2次世界大戦中に沈められたドイツの軍艦の残骸が川から姿を現れたりしている。スペインでは東京都ほどの面積が山火事で消失した。
こんなことが続けば、農産物はみな不作となり、価格はさらに上昇する。欧州の農業大国フランスは、歴史上ない干ばつで、ありとあらゆる農産物が不作となり、今年の秋のワインの生産量が大幅落ちるのが確実になった。
日本は楽観ムードだが世界では暴動も
こんな状況なのに、日本では、地球温暖化に対する関心が薄い。政府も、温暖化対策を促進させようという気配すら見せていない。
そればかりか、ウクライナ戦争が深刻な環境破壊と温暖化促進効果をもたらしているにも関わらず、これを歓迎する向きがある。化石燃料をまだ使っても大丈夫とか、再生可能エネルギーへの転換を遅らしても大丈夫という楽観ムードが漂っている。
しかし、すでに世界の食糧危機は、暴動レベルにまで達している。食料品の価格の高騰が原因で、スリランカ、インドネシア、ペルー、パキスタンなどでは、本当に暴動が起こった。スリランカでは政府が転覆してしまった。
また、先日、大洪水に見舞われたパキスタンでは、今後、食料供給不足による餓死者が出る可能性まである。
こんな状況が続けば、これから先、食糧危機は、先進諸国にも襲いかかる可能性がある。
すでに、今年の気候変動の影響で、2023年の農業生産は大幅に落ち込むのは確実だ。現在、ほとんどの農産物の取引で、在庫の取り崩しが行われている。が、来年は、その在庫が底をつく農産物が出てくるだろう。
やがて落ち着くという「過去の教訓」
ところが、不思議なことに楽観論もある。
それは、過去の教訓から、食糧危機が叫ばれてもやがて落ち着く。食料品の価格は、上昇・下落を繰り返すので、いずれ危機は去るというのだ。
たしかに、長いレンジで見ると、農産物の価格は半世紀以上にわたって一貫して下落してきた。世界人口は2020年までの半世紀間で約2.5倍になったが、小麦やコメの生産量はそれを上回る3.5倍に増えたからだ。
小麦の実質価格(物価変動を除いた価格)は、高騰しているとされる現在でも、1970年代よりも低い水準になっている。
たとえば、リーマンショクに襲われた2008年にも、世界的な食料危機が叫ばれた。「BRICs」と呼ばれた新興国ブラジル、ロシア、インド、中国が経済成長し、人口増加も加わって食料需要が増加して穀物価格が高騰したからだ。前年の欧州の天候不順、オーストラリアの干ばつなども影響した。
さらに、トウモロコシを燃料にするバイオエタノールの需要が高まったため、アメリカの穀物生産がトウモロコシに偏り、大豆の価格まで高騰した。
また、このときは、原油価格も上昇し、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)は、2008年年7月に最高値を記録し、それに伴い小麦価格も最高値を記録した。
石油は、トラクターを動かすなど現代農業には欠かせないうえ、生産物の搬送コストを左右する。
ただし、経済は需要と供給で成り立っているので、すぐにバランスがとられる。原油の生産量が増え、小麦の作付面積が増えるなどして、2008年の暮れには原油価格も農産物の価格も下落した。
しかし、今回は過去とは違う。金融緩和でバラまかれたマネーによるインフレが亢進するなか、気候変動が激しさを増しているからだ。需要に供給(生産)が追いつかず、前記したように在庫もなくなろうとしている。
(つづく)
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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。