連載866 温暖化で激変する不動産価格、
人々は「海辺から高台」「南から北」を目指す(下)
(この記事の初出は9月6日)
NYで始まった気候変動プロジェクト
アメリカの水没都市のなかで、もっともリスクが高いのはやはりニューヨークだろう。マンハッタンには海抜1メートル以下のところが何カ所もある。
ニューヨークの象徴「自由の女神」は台座があるので水没しないとされるが、リバティアイランドは確実に水没すると見られている。
「IPCC」の2100年までに最大82センチ上昇という予測とは別に、2050年までに最大75センチ上昇すると予測する専門家もおり、すでに、防水壁の建設や河川の盛り土などの工事が始まっている。
これは、2012年に市民44人の死者を出した大型ハリケーン「サンディ」による大水害の教訓が大きい。ニューヨーク市は、気候変動対策として200億ドル(約2兆8000億円)の予算を計上した。
その対策の一つで、もっとも大規模なものが、「Eastside Coastal Resiliency Project」である。これは、マンハッタン南東部に4キロにわたって、公園、防水堤、土手、可動式水門を整備するというものだ。
しかし、不思議なことに、このプロジェクトに反対し、抗議活動をしている人間がいる。その抗議活動によって、工事が中断しているところもある。反対理由は、工事により1000本以上の木が伐採される。また、「イーストリバー公園」が破壊されるというのだ。
こうしたことで気候変動対策が遅れることに嫌気がさした人々が、ニューヨークを離れる例が多くなっている。これに、ここ2年のコロナ禍が拍車をかけたのは言うまでもない。
「南から北」そして「海辺から高台」へ
水没都市を離れた人々はどこに向かうのだろうか?
ニューヨークの場合、マンハッタンやブルックリンから近隣の高台の住宅地に向かう傾向がある。また、温暖化のために冬もすごしやすくなったバーモントやニューハンプシャーも人気だ。
アメリカ全体で見ると、とくに富裕層の場合、海辺の邸宅を売ってミシガンやミネソタ、サウスダコタ、ワイオミング、コロラドなどの高原リゾートに新しい邸宅を購入する動きが出ている。そのため、ジャクソンホールやアスペン、フラッグスタッフなどでは、住宅価格が高騰している。
これらの高原リゾートは、温暖化で冬の寒さが和らぐとされるので「気候オアシス」として注目されている。
かつて、リタイアメントに人気だったのは、温暖なフロリダ、カリフォルニア、テキサスなどの海浜リゾートだったが、これらの地域の夏はいまや猛暑となり、快適に過ごすことは不可能だ。現在、リタイアメントにとって最高の「気候オアシス」として人気なのが、ミネソタのダルースである。「南から北へ」、そして「海辺から高台へ」が、トレンドになりつつある。
アメリカのインターネット不動産大手「Redfin」が2021年12月に実施した調査によると、向こう1年間に住宅を購入または売却する計画のアメリカ人1500人のうち、約10%が気候変動リスクを売却の最大の理由だと答えている。
(つづく)
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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。