連載870 底なし円安の先にはハイパーインフレが!? 日本人自身が「資産フライト」(円売り)すれば…(中2)
(この記事の初出は9月13日)
「これほど有利な取引は人生でめったにない」
先日、BSのTBSの番組『報道1930』で、「日本は一晩で“ハイパーインフレ”になるは、本当か? 日本は世界の“孫請け”国に…? 生き残る道とは」という特集をやっていたので、じっくり見た。
番組では、日米の金利差をまず取り上げ、FRBのパウエル議長が利上げに対して強硬な一方、日銀の黒田総裁も緩和続行に強硬だから、日米の金利差は開く一方となり、円安は止まらないという見方を示した。
そうして、この状況を受けて利益を上げているというスイスのヘッジファンド「EDLキャピタル」のCIOエドゥアール・ドラングラード氏をインタビューしていた。なんと、彼はこの2カ月の円安で、33億6000万円ほど儲けたという。
「円安は170円まで行くかもしれません。そこで私は円売りを増やしました。これまで350億円分くらいの円をドルに換えてきましたが、いまは490億円分の円をドルに換えました。(中略) もし日米の金利差が4%か5%になれば、日本人も皆、円を売ってドルを買うでしょう。そうすればドルは上昇を続け、円は下落し続けます。ここまで有利な取引は人生でも滅多にありません。(中略)日銀が長期金利を抑え続けていると、インフレは手が付けられなくなり、日本は一晩でハイパーインフレになる可能性があります。日本人はこの政策によって貧しくなるでしょう」
ハイパーインフレになるかどうかは別として、この円安で投機筋が儲けているのは確かである。本来、金利差だけに着目して投機を行うのはリスクが高いが、日銀が「金利を上げない」と“保証”しているのだから、こんな簡単な儲け話はない。
「金利の低い円で資金調達をして金利の高いドルで運用する」という円キャリー取引をすれば、安易に儲けられる。そして、これが増大すればするほど円安は加速する。
日本国債の先物売りでも儲けを狙う
ヘッジファンド勢は、ドル高円安トレンドを利用して、もう一つの投機も行っている。いくらなんでも、日銀の金融緩和は続かない。ゼロ金利を解除し、金利を上げざるをえないときが来る。そう予測して、日本国債の先物売りを仕掛けているのだ。
実際、これまで何度か、国債先物市場で取引を一時中断するサーキットブレイカーが発動されたことがある。また、現物価格と先物価格の裁定が成立しなかったこともある。いずれも、異常事態だ。
ヘッジファンドの予測が当たって、売却契約時点で日銀が金利を引き上げていたら、彼らは万歳三唱である。安値で仕入れた国債を高値で売れるわけで、その差額が利益になる。
日銀は、こうして投機筋とも必死に戦い、金融緩和を維持している。もはや、「デフレを脱却して景気をよくする」などという当初の目的は失われ、金利上昇によって起こる国債利払い費の増加、そして日銀の債務超過、ひいては政府の財政破綻を防ぐためにだけ行っている。
黒田総裁は、意地でもこれをやり続け、あとは野となれ山となれと思っている。岸田首相は、なにがどうなっているかわかっていないので、「円安、困ったな」とボヤいているだけだ。
日本人が円を売ればハイパーインフレに
『報道1930』では、ヘッジファンドの“日本売り”に対して、元日本銀行理事の早川英男氏を登場させ、次のようなコメントを引き出していた。
「いちばん怖いのは、近い将来にあるとは考えていないんですが、恐れるべきは日本人が円を売るとき、これがいちばん怖い。日本人が財産を外貨に換える、これが怖い。本当に激しい円安が起こり、インフレになります。もし日本人が円から逃げたら、ドラングラードさんが言うように170円も超え、ハイパーインフレになりますよ。でも近い将来にそうなるとは思っていません。(中略)南米なんかは自国民が自国通貨を売ったからハイパーインフレになったが、日本はまだそこまではいかない」
日銀の元理事が言うのだから、この認識は間違いないだろう。いまは、海外の投機筋が円を売っているだけだが、いずれ、日本人も同じことをし出す。なにしろ、金利差が4、5%にもなれば、誰だってやるだろう。
そうして、円安が限度を超えれば、ハイパーインフレとは行かなくとも、相当なインフレが到来する。
自国通貨を売るというのは、いわゆる「資本逃避」(キャピタルフライト)で、私はこれを「資産フライト」と名付け、12年前、そのものずばり『資産フライト』(文藝春秋、文春新書)という本を出した。
(つづく)
この続きは10月13日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。