Vol.68 作曲家 合屋正虎さん

合屋正虎さん

 全米から集まる応募作品から部門別に受賞作が選ばれる賞、アメリカンプライズ。今年度の室内学部門作曲賞で見事一位に輝いたのは、NYを拠点に室内学、映像音楽の分野で活躍する作曲家・合屋正虎氏の「マナスだ。尺八・チェロ・ピアノのための三重奏曲という一風変わった楽器の組み合わせから成る「マナス」。自身初の作曲賞受賞への想いや創作の背景、作曲という仕事や今後の目標について合屋さんに話を聞いた。

 

「音楽は日常と違った空間を楽しめる小旅行のようなもの。難しく考えず、『今日はどこに連れて行ってくれるのだろう?』という旅行気分で楽しんでくれたら 」

 

Q. アメリカンプライズ・室内学部門作曲賞、おめでとうございます。受賞のお気持ちを教えてください。

合屋:自分の楽曲が認められ嬉しいです。在米18年になりますが、色々な分野で試行錯誤をしてきました。最初はミュージカルを志し役者やミュージカルの創作をしていたのですが、なかなか思うようにいかなくて。そのうちに室内楽や映像音楽の依頼が少しずつ増えていきました。室内楽と言っても現代音楽の分野は一般の方にはあまり興味を持っていただけないので、受賞のおかげでこのように記事に取り上げていただけて、自分の活動を人に伝えるきっかけができたことがありがたいと思っています。

Q. 受賞作「マナス」はどのような経緯で作曲されましたか?

合屋:NPO団体の虚心庵アーツからの依頼で、2020年の夏に書き上げた作品です。「マナス」の時は「尺八とチェロとピアノの三重奏」という依頼があったので、まず尺八と西洋楽器の組み合わせで書かれた過去の楽曲のリサーチから始めました。それから、伝統楽器である尺八の歴史、仏教や能・歌舞伎など伝統芸能についてもリサーチしました。調べるうち、尺八は元々は虚無僧が托鉢の時に吹くという宗教的な意味合いが強い楽器であること、「夢幻能」と呼ばれる能の演目には仏僧がよく登場し神秘的な女性と出会うこと、そして、仏教用語の「末那識(まなしき。英語訳:マナス)」とは人間の肉体や精神の死後も残る執着心を指すこと、などを知りました。それらが次第にひとつの輪のように繋がっていき、コロナ禍で世界から隔離されたような生活を送っていたことも相まって、「どこか異次元の世界に旅立っていくような音楽を作れないか」とイメージが膨らんでいきました。

Q. 合屋さんの音楽には奥行きや空間のような構造的な要素を感じるのですが、作曲をする際に意識されていることはありますか?

合屋:元々ミュージカルの分野にいて、大きな物語の中に自分が存在する、という感覚を肌で学んだ経験が大きいと思います。人前で演じて舞台の上でお客さんと繋がる感覚を持った経験もあるので、一体感を生める音楽とは何か、といつも考えています。僕にとって音楽体験とは、作曲家と演奏者と聴き手が同じ空間で、三者三つ巴で何かを共有する行為です。演奏中に演奏者も聴き手も、どこか違う世界に連れて行かれるような曲を書きたい。聴いたり演奏するうち、自分でも予想しなかったことが頭に浮かんだり、完全に忘れていたことを思い出したり、そういう不思議な経験ができる異空間を提供したいと思っています。メロディーを書くというより、大きな流れや世界観をそこに出現させたい、と思って曲を書いています。


Q. 室内楽に馴染みがないという方へ、室内楽を楽しむためのアドバイスをお願いします。

合屋:僕は音楽は日常と違った空間を楽しめる小旅行のようなものだと思っています。難しく考えたり無理に理解しようとしたりせず、「今日はどこに連れて行ってくれるのだろう?」というちょっとした旅行気分で、音楽を楽しんでくれたらいいと思います。

Q. これまで、ブルックリンのアートイベントやグッゲンハイムの展示作品など、多数の映像音楽を手掛けられていますね。映像音楽を作曲する時のプロセスやインスピレーションについて教えてください。

合屋:室内楽というのは作曲家である僕の世界観をどう表現するかが一番に問われますが、映像音楽は監督の世界観が第一になります。作曲家はその監督の世界観をどう支えるか、映像がより匂い立つように見せられるか、という縁の下の力持ちです。アメリカでの映像音楽の仕事はアートやドキュメンタリーが多いので、アーティストや監督が撮影対象に注いでいる愛情や眼差しを汲み取ろうとしています。映像の端々に含まれている空気感が画面から滲み出すような音楽にするにはどうしたら良いのか、いつも必死で考えます。「最初からそこにあったかのような音楽を作りたい」と思うからです。見る人に気づかれないほど作品の中に溶け込んで、見る人が自然に引き込まれてしまうような音楽が理想です。


Q. これからの目標があったら教えてください。

合屋:これまで手がけてきた室内楽の楽曲は変わった楽器の編成が多かったので、伝統的な編成の室内楽をもっと制作したいと思っています。あとはオーケストラなども含め、もっと大きな編成にもチャレンジしたいと思っていますし、ミュージカルの創作もまた再開したいです。子どもの頃からの野望だった自分のグループを結成しての活動もしてみたいですね。(11月10日取材)

合屋正虎(ごうや まさとら)
マレーシア生まれ、神戸育ち、NY 在住。京都大学総合人間学部卒業。甲陽音楽学院を卒業後渡米し、音楽修士及び博士号を取得。現在ファイブタウンズカレッジ講師。歌や舞台での活動経験を活かし、音楽に演劇性、空間性、叙情性を取り入れた作風が注目され、一風変わった編成の室内楽アンサンブルや伝統楽器奏者、映像作家とのコラボレーションを数多く手がけている。

https://www.masatoragoya.com/