津山恵子のニューヨーク・リポート
Vol.1 「変化」を乗り越えていく米国衝撃は、海外にも伝播した
米国は、常に変化し続けている。それを恐れず、むしろ好む国だ。今年、筆者はニューヨーク在住満20年を迎える。20年を振り返ると、「変化」という言葉がキーワードとして浮かび上がる。
ジャーナリストとして20年の間、何が一番感動的な取材だったか、とよく聞かれる。「2008年11月4日」と私は即答する。バラク・オバマが黒人初の大統領候補となり、この日、大差で勝利した。私は、彼の地元イリノイ州シカゴの公園で、多くの支持者と勝利集会を信じ、大画面に映るテレビの速報を見つめていた。「当確」の文字が表れた途端、割れんばかりの大歓声が夜空に放たれた。当てもなくカメラのシャッターを切る。近くにいた黒人の男女がみな、芝生の地面に倒れて「オエーン!」と号泣していた。彼らは、やおら立ち上がると、私にこう言った。
「人生で最高の瞬間にいる私たちニガーの写真を撮って!」
オバマが選挙集会で繰り返していたワードは、「チェンジ」。08年のあの日、私はそれを目撃した。
次に思い浮かぶのは、2016年7月に臨んだ中西部のロードトリップだ。カメラマンで親友のモーガン・フリーマン(俳優とは別人)と1カ月で7州を走破した。その間、リベラル派だったモーガンが、ドナルド・トランプ大統領候補の支持者に変化していった。地平線しか見えない高速を走りながら、陰謀論者のラジオを毎日聴いた。なぜトランプがいいのか、モーガンの話にも耳を傾けた。
この年、日本人ジャーナリストとして、おそらく最も多くのトランプ集会に取材に行った。その際、「ひょっとしたらトランプが勝つかもしれない」と思っていた。16年11月8日投開票日夜、トランプが優勢とのニュースにも驚きはなかった。タイムズスクエアのバーに取材に行くと、「グッドバイ!デモクラシー!」と叫んで飲み明かしている人々がいた。別な形の「変化」だった。私はまたもそれを目撃した。
変化は、前に進む引き金にもなれば、後ずさりする節目にもなる。オバマ政権の下、黒人だけでなく、非白人であるアジア人の私たちも心地よく、ポジティブな空気に包まれて過ごした。トランプ政権になると逆に、彼の発言からアジア系へのヘイト発言や犯罪が急増した。今でも、地下鉄では読書に没頭せず、周りに目を配って過ごしている。
米国内の変化は、海外にも大きな影響を及ぼす。その衝撃は大きい。トランプ型ポピュリズムは、欧州などにも波及した。ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)運動は、世界中の都市に拡大した。
それでも米国は、少しずつ動いている。ショッキングなイベントを繰り返し、何らかの答えを見出そうとしている。
米国で起きている「変化」に驚き、揺さぶられてきた私の過去20年。今年、デイリーサンも創刊20年を迎える。この連載で、私の目を通して見える米国の素顔を描き、その将来も見極めていきたい。
津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。