連載960 偵察気球で緊張する米中関係! 世界一の「監視国家」になった中国の実態 (下)

連載960 偵察気球で緊張する米中関係!
世界一の「監視国家」になった中国の実態 (下)

 

顔認証と電話トラッカーで本人特定は完璧

 監視カメラだけでは、監視はパーフェクトとは言えない。これに「顔認証システム」や「電話トラッカー」が組み合わされて、監視はほぼ完璧になる。
 監視カメラも、顔認証システムも、中国が世界をリードしている。監視カメラにおいては、「ハイクビジョン」(杭州海康威視数字技術)がシェア世界1位、ダーファ・テクノロジー(浙江大華技術)が世界シェア2位で、両社で世界の監視カメラの約4割を占めている。
 コロナ禍になり、たとえば公共施設、商業施設などの入り口に、顔認証型のサーモメーター(体温測定器)が置かれるようになったが、ここを通過すれば、通過した人間が誰かなど即座にわかってしまうのだ。 
 電話トラッカーは、監視カメラと顔認証だけでは身元が確定できない場合、大いに効力を発揮する。中国当局は、街角や電柱などにトラッカー装置を設置し、そこをスマホを持った人間が通ると、そのスマホに勝手に接続できるシステムを構築している。
 つまり、スマホは常に追跡されていて、その持ち主が誰でどんな人物かなど、個人情報は筒抜けにされているのだ。
 監視カメラ、顔認証、電話トラッカーにより、ほぼ本人特定が可能になったが、さらに、確実を期すため、中国当局は、声紋や指紋、目の虹彩(眼球の色がついている部分)から、DNAまで収集しようとしている。
 実際、公安によるDNA採取は行われていて、2020年6月に『NYタイムズ』紙は、「中国、男性7億人分の遺伝子地図作成 国民統制を強化」という記事を掲載している。 
 DNAは究極の個人情報で、これがわかれば本人の特定は完璧にできる。

「天網工程」から「雪亮工程」へと拡大

 中国が「監視国家」への道を歩み始めたのは、今世紀になってネット社会の進展が進んだからだ。監視カメラが最初に導入されたのは2005年のこと。監視カメラが導入された都市は「科技強警モデル都市」とされ、その後、その経験を全土に広める運動が始まった。
 北京政権は、「3111工程」というプロジェクトを示し、各自治体に監視カメラ網構築の指示を出した。
 監視カメラ網構築の目的は、治安の維持だったため、「3111工程」は後に「天網工程」(Project Sky Net)と呼ばれるようになった。
 しかし、欧米メディアは、映画『ターミネーター』で人類を滅亡の危機に追い込んだAIの「スカイネット」になぞらえ、「チャイニーズ・スカイネット」と呼んだ。
 ネットの進展、SNSの普及、AIの実用化により、監視カメラから得られた情報と個人情報の紐付けが、2010年代半ばから始まった。顔認証によってAIが個人を特定し、その個人の情報をまとめて見られるようなシステムが構築されるようになった。
 こうした工程の進展は、「天網工程」に対して「雪亮工程」(Dazzling Snow Project)と呼ばれ、国民監視網は都市から農村へと拡大していった。いまや、中国のどこにいても、監視網からは逃れられない。

「芝麻信用」により個人格付けされる

  監視システムによって身元が確認されることで、たしかに犯罪は激減した。治安は安定した。しかし、その身元から本人の個人情報がすべてわかってしまうと、これはもう完全な監視社会、「1984」の完成だろう。
 それを可能にしているのが、個人の「信用スコア」の普及だ。すでに、このメルマガで何度か書いているように、ほとんどの中国人は「芝麻信用」(セサミクレジット)によって格付けされている。
「芝麻信用」は「アリババ」傘下の「アントフィナンシャル」(蟻金融服務服集団)が運営するアプリで、このスコアが高いと、たとえばクレジットカードが簡単につくれたり、銀行融資もたやすく受けられたりする。電車や飛行機のチケットも優先的に買える。さらに、就職や婚活においても有利になる。
 「芝麻信用」は、次の5つの項目で個人を格付けする。
①個人情報:年齢、学歴、職歴 ②資産:預金、株式、車、住宅などの資産情報 ③信用歴史:ローン、公共料金のクレジット情報、返済履歴情報 ④人脈関係:SNSなどの人脈 ⑤趣味嗜好:普段の買い物、趣味趣向
もちろん、スコアは変動する。しかし、このスコアによって中国人の人生はほぼ決まってしまうと言っていい。

(つづく)

この続きは3月15日(水)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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