連載961 偵察気球で緊張する米中関係! 世界一の「監視国家」になった中国の実態 (完)

連載961 偵察気球で緊張する米中関係!
世界一の「監視国家」になった中国の実態 (完)

 

アメリカにもある大量監視システム

 監視社会は恐ろしい。そう誰もが思っているし、メディアもそういう方向で、中国のような監視社会を徹底して批判している。しかし、よくよく考えてみれば、じつはすでにアメリカも中国以上の監視社会になっていることに、唖然とする。
 エドワード・スノーデンは「NSA」(アメリカ国家安全保障局)に「PRISM」と呼ばれる大量監視システムがあることを暴露した。PRISMは、グーグル、ヤフー、アップル、フェイスブック、マイクロソフトなどのビッグテックおよび通信事業者からデータの提供を受け、各国の政府の動き、各国の要人の動きを監視していた。このPRISMが日本の首相の電話の盗聴も行なっていたのは、すでによく知られた話である。
 さらに、アメリカには世界最強の盗聴組織と呼ばれる「DITU」(Data Intercept Technology Unit)がある。これはFBIの一つの部局で、PRISMとも深くかかわり、主にアメリカ国民を監視している。
 しかし、こうした監視システムをメディアは中国のように批判しないし、国民もある意味で受け入れている。なぜそうなのかと突き詰めてみると、それは、法制度に基づいて情報収集が合法とされてきたからだと言える。
 民主国家では、法の秩序が最優先である。アメリカでは、FBIなどの警察機関がグーグル、マイクロソフト、フェイスブック、アップルなどから情報を集めることは、合法である。
 そこでさらに思うのだが、中国においてもアリババのようなITジャイアントから政府が情報を提供させている。アメリカとまったく同じだ。ただ一つ違うのは、中国共産党は中国政府の上に立ち、憲法を超える存在であるということだ。

中国は本当に「幸福な監視国家」なのか?

 それにしても、中国人は自分たちが監視社会に生きている、常に当局に監視されて自由がない、ただの家畜のように扱われているということに、不満はないのだろうか?
 そう思って、中国からの留学生に聞いたことがある。彼はこう答えた。
「監視社会と言いますが、中国は最近、本当に治安がよくなって、人々のマナーもよくなりました。監視社会が進んでも、普通に生きている人が困ることはありません。信用スコアも努力すれば上がります。それで、私は日本に留学できました。なにか問題がありますか?」
 こう言われて、誰が反論できるだろうか。
 監視社会は、人々のプライバシー、自由が失われるというデメリットがあるが、フツーに生きている人々にとっては、は行政や金融、医療などのサービスがより便利で効率的になるというメリットがあり、このメリットがデメリットを上回っている。
 幸い、中国はここ数十年にわたって経済成長し、人々の暮らしはよくなってきたから、デメリットはあまり意識されない。そのため、『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐、高口康太、NHK出版新書) という本も出ている。
 この本では、「功利主義」の国・中国では監視社会は受け入れられる。「より安全、快適、便利な社会に住みたい」という人々の欲望が、自由や人権意識を上回っていると考察している。この論理でいくと、監視社会化の進展は、民主体制の国家でも、やがてそうなっていくのは避けられないと言える。とくに、日本のような“お上の言うことに従順な国民”は、問題なく受け入れるだろう。

ハーバードの女性教授による「監視資本主義」

 ハーバード・ビジネス・スクールのショシャナ・ズボフ名誉教授は、「監視資本主義」(Surveillance Capitalism)という言葉をつくって、定着させた。
 彼女の本『監視資本主義: 人類の未来を賭けた闘い』(野中香方子・訳、 東洋経済新報社)は、じつに示唆に富んでいる。彼女は、ジョージ・オーウェルのように監視社会に対して警告を発するが、その未来に対してはなぜか楽観的だからである。
 まず、監視資本主義とはなにかだが、それは、人間の行動をベースにする資本主義である。人間の行動を原材料とし、未来の行動を商品として販売する。人間の行動は常に監視・測定され、情報となって流通し、それをもとに予測が行われる。
 具体的に言うと、グーグルやフェイスブックのようなソーシャルメディアの大企業は、利用者の利用履歴データを実質的に無断で収集し、収益化している。つまり、監視して得られた情報が価値(カネ)を生み出す資本主義である。

いずれ新しいルールがつくられるのだろうか?

 この監視資本主義の特徴は、ネットで得られた知識が少数のハイテク企業に集中してしまうことだ。知識の集中、知識の非対称性によって少数のハイテク企業の支配力は増し、それがやがてプライバシーの侵害や民主主義を破壊することにつながる。ズボフ教授はそれを警告するが、それは一時的なことと捉えている。
 彼女の見方は、警告はするが楽観的である。
 というのは、監視資本主義をどうするかまだ人々がわかっていないが、いずれ、新しい時代に合った権利保護の制度が民主主義のプロセスに沿ってつくられるだろうと考えているからだ。
 馬車しかなかった時代につくられたルールで、自動車が走る道路をコントロールするのは難しい。人類は産業資本主義という新しいシステムに適した制度をつくるのに半世紀かかった。監視資本主義もそれと同じで、まだ生まれて20年ほどしかたっていない監視資本主義はいま野放し状態にあるといっても、やがてルールが整備されていくというのだ。
 しかし、中国という強権国家の下で、監視資本主義を問題なく受け入れている人々が、新しいルールをつくるだろうか? フツーに暮らせることが保証される限りにおいて、監視社会は許容され続けるのではないだろうか?
 日本も遅ればせながら、マイナンバーカードの普及により、監視社会に突入しようとしている。はたして未来がどうなるか? いまの時点ではまったくわからない。

(つづく)

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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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