アートのパワー 第8回 黒人歴史月間(19世紀と現代の作家二人)(下)
近くの壁にニック・ケイブ(Nick Cave)の半立体の作品が展示されている。題名は「Sea Sick(船酔い)」(2014年作)。11隻の帆船が風に吹かれ航行しているロマンチックな絵が並べられている。一番上の中央には、同じ角度の金属の船、その下にピンクの口を開いた黒人の頭が置かれている。奇妙な組み合わせと思い説明書きを読むと、その黒人の頭が唾壺(spitoon)であった。タバコを吸うのとは違って、噛みタバコは唾を吐かなければならない。噛みタバコでなくても、唾を吐く習慣は昔からあった。それを受けるのが唾壺。汚いものである。商業的に生産された黒人の頭の形をした唾壺は不快なだけでなく、侮辱的である。航海での冒険やロマンを徹底的に覆す作品である。
ファッションデザイナーであるケイブは、廃棄物・不用品もこだわりながら、装飾的な作品を制作している。小さな作品の幾つかは社会問題を表現している。「Arm Peace(アーム・ピース)」(2018年作)のアームは切断された手や腕で、ピースは作品 (piece) ではなく平和(Peace)が使われている。デイヴ・ドレークの壺に刻まれていた「私の身内はどこに行ったのだろう。すべての人とすべての国に友情を(I wonder where is all my relation Friendship to all and every nation)」(1987年8月16日デーヴ)が思い起こされた。ブラックパワーの拳と光背(こうはい)、吊り下がる花のブーケ。苦しい状況の中でもモノを作るアーチストは、モノを作ることで前向きな可能性を信じる――私はそれがアーチストの特権であると思う。 近くに展示されている「Hustle Coat」(2021年作)の、Hustle(ハッスル)とは、バクチでなどで稼ぐ、金を巻き上げる、といった意味である。作品は、仰々しい金色の額にダブルブレストの黒いトレンチコートが入っている。コートの内側は江戸時代の商人が身につけていたような派手な裏地のごとく、ネックレス、チェーン、時計、宝石類などが縫い込まれている。道端で誰かれなくモノを売りつけようとする路上セールスマン(ハスラー)の「非公式の制服」である。ブランド品のノックオフ模造品は派手で光る飾り物ばかり。経済状況に構わず光ものを好む思考。ハッスルコートは、恵まれた環境で育っていない路上セールスマンの軽犯罪と言えるような収入源であり、アメリカ消費者社会の裏面を見せつけている。
警察の黒人男性への暴力が絶えないアメリカ。1991年のロドニー・キング事件から30年後にはジョージ・フロイドの殺害、ケイブはどうしたら良いのか、公園で座り込んで考えたと書いている。落ちていた枝を拾い、その後様々な廃棄物を縫い合わせ、黒人でクィアである自分を隠すものを作ろうと考えた。自分がアザー(Other)であることを、装飾を増やし続けることで身を守る。でも身につけてみると音が出る。そして逆に、音を立てることがプロテスト(抗議)することでもあることに気がついた。2011~21年に作られた「サウンドスーツ(Soundsuit)」は、高さ4メートルになる16体のマネキンを、それぞれ廃棄物だけで飾っている。その遊び心は、見る者を喜ばせ、笑わせ、楽しませ、驚かせ、そして考えさせる。
「Foreothermore」は2023年4月10日まで展示される。 黒人歴史月間に考えた。19世紀の学術研究下で評価されたサウスカロライナ州オールドエッジフィールドの黒人陶芸家、その中でも作者名と背景が判明しているデーヴ・ドレークと、1957年生まれのニック・ケイブの爆発的な表現の共通点は、どんな状況に置かれていても作品を作るという行為が、人間に表現力と創造の自由を与えているということだ。デーヴ・ドレークの晩年の作品は大きく、重く、動かすことが大変だったそうだ。家族を失い、片足が切断されても自分ができる最高の作品を追求し続けた偉大な存在だった。ニック・ケイブは、恵まれた家族と環境での生い立ち、自分のアザーとしての経験に基づくインクルーシブな表現を通して制作を続けている。二人の作家の、豊かで心に響く作品は、黒人を野蛮な奴隷(servitude and brutishness)と描写し続ける制度的な人種差別(systemic racism) に抗議して止まない。 (写真:筆者)
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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。