連載981 なぜ日本経済は復活できないのか? 最近のニュースが表だって指摘しない真実 (完)
(この記事の初出は2023年2月28日)
トヨタにはソフトをつくれる人材がいない
豊富な資金と高度な技術を持ったトヨタだから、EVの遅れを取り戻すことは可能だという見方がある。しかし、後発がほぼゼロから、すでに市場をつくってしまった先発を捉えることはほとんど例がない。しかも、EVはクルマであっても電子機器である。つまり、ソフトウェアが開発の鍵を握っている。
トヨタを長年取材してきた知人記者は、この点を指摘する。
「トヨタは4年おきのモデルチェンジというサイクルでクルマをつくってきました。このサイクルはEVには適しません。ソフトは常に開発・更新し続けていかねばなりません。しかも、トヨタにはソフトをつくれる人材はほとんどいません。これまでソフトはすべて外注でやってきたからです」
EVは、ハード面から見ると、ガソリンエンジンという内燃機関を搭載したクルマよりはるかに簡単にできる。いまやどんな機械でも、ハードはコモディティ化されているからだ。しかし、ソフトはそうはいかない。
トヨタは日本の大企業の例にもれず、広大な裾野に下請け企業を多数かかえている。つまり、下請けへの外注で成り立っているのだ。ソフトの場合は、デンソーやパナソニッックなどの車載器メーカーにソフト込みで車体開発を発注してきた。これがEV開発ではネックになる。
トヨタがコケてしまう近未来を想像すると、胸が痛くなる。
迷走を重ねた日銀人事と“金融詐欺”
次期日銀総裁が、学者の植田和男氏(元審議委員)に決まった。この人事はメディアの予想外だったため、「サプライズ人事」とされ、岸田首相は成功したと喜んでいると伝えられた。
しかし、本当は、名前が挙がった候補にことごとく断られ、仕方なく学者起用となったようだ。それもそのはず、財政ファイナンスをやって政府発行の国債の半分以上を抱え込んでしまった中央銀行に、もはやまともな金融政策ができる余地はない。
そればかりか、このまま金融緩和を続ければ、ハイパーインフレを招いてしまう危険性がある。かといって、テーパリングして金利を上げれば、日本経済は確実にどん底に沈む。つまり、日銀総裁というポジションは“貧乏クジ”なのである。
植田次期総裁は、いまのところ、「金融緩和は適切だ。続けていく」と言っているが、早くも足元を見られ、再び円安が進んでいる。
なにしろ、日銀は「共通担保オペ」と言って、民間金融機関に国債利回りより低い金利で資金を貸し出し、それで国債を買わせ、利ざやを与えている。こうしなければ、誰も日本国債など買わないからだ。
これは、明らかな“金融詐欺”だが、メディアはそのことを指摘しない。
「特別高度人材制度」という優遇措置
ここまで、日本がもはやどうしようもなくなっていることを書き連ねてきたが、最悪なのは現政府である。岸田首相をはじめ政権を担う政治家は、日本と世界の現状をまったくわかっていない。
だから、目が点になり、冗談としか思えない政策が平気でできてしまう。
その最たる例が、「特別高度人材制度」だ。2月17日に閣議決定されたこの政策は、高度な知識や技能を持つ外国人材の獲得を促進するために、在留資格である「高度専門職」に優遇措置を設けるというものだが、実現性はゼロに等しい。
現行制度では、学歴や職歴、年収、年齢などをポイント化し、合計が70点以上となった場合に「高度外国人材」として在留期間が5年の「1号」が認められる。この「1号」資格は、3年が経過すると在留期間が無期限の「2号」(永住ビザに相当)に移行できることになっている。
これでは厳しすぎるので、新制度ではポイント制はそのままにするが、学術研究や専門技術の分野では、(1)修士号以上・年収2000万円以上(2)職歴10年以上・年収2000万円以上に「1号」を与える。経営活動の分野では、職歴5年以上・年収4000万円以上に「1号」を与えるとしたのだ。また、両分野とも「2号」への移行は1年間に短縮された。
つまり、高度人材を優遇して、積極的に「永住ビザ」を与えようというのだ。
高度人材ばかりか技能実習生も来ない
では、この「特別高度人材制度」のなにが、冗談としか思えないのか?
それは、政府がこの程度の人材を「高度人材」と思っていること。さらに、こういう厚遇策を取れば、高度人材が日本に移住してくれると思っていることだ。
岸田政権は、「給料を上げる」と、連合に代わって大企業に懇願しているにもかかわらず、日本の給料の安さを本当は知らないのだと思う。そうでなければ、年収2000万円などという数字は出てこない。これはドル換算すれば14万ドル程度の話で、欧米では高給ではない。4000万円でも同じだ。こんな額では高度人材が来るわけがない。
もっと笑止千万なのは、政府が高度人材が日本に来ないのは、永住権取得のハードルが高いと考えている点だ。そもそもこの考えが間違いで、いくらハードルを下げても、日本に永住したいなどという外国人はよほど奇特な人間しかいない。
外国人は観光客としては、日本の魅力に惹かれてやってくる。しかし、日本を仕事をする場所、住む場所とは考えない。「安いニッポン」「英語が通じないニッポン」「税金が高いニッポン」「教育レベルが低いニッポン」は、魅力がなさすぎる。なにしろ、いまではベトナムからの技能実習生も、日本に来たがらなくなっている。
このような現実を知っていれば、こんなトンチンカンなことを決めるわけがない。ちなみに、この高度人材を獲得するための制度は、英国やシンガポールなどですでに行われている。今回の日本の制度は、ほぼ英国のパクリである。
英国やシンガポールは給料も高く、教育レベルも高い。高度人材でなくとも、移住したい国である。いまの日本は、そんな国とはまったく違う状況にある。このことを、“化石頭”の政治家はまったくわかっていない。
日本は本当に時間が止まってしまっている。このままではとめどなく衰退していくだけだろう。
(了)
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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。