第4回 ニューヨーク アートローグ
アートの授業は必要?
全米の公立校ではアート(美術・音楽・演劇を含む)の教育予算は算数や国語に比べると圧倒的に低いというのは周知の事実だ。2022年にはエリック・アダムスニューヨーク市長がアートの教育予算をさらに2億ドル以上削減すると表明した。市内の公立校の77%にあたる1,200校が一定額の予算削減を指された。これはパンデミック期間中のアート授業の出席率の低下が関連している。しかしパンデミック後も予算配分は各校長の判断に委ねられ、資金不足のなかで芸術部門は後回しにされている。
残念ながらこの状況が改善する見込みは薄い。一方で、社会においてアートの“需要”は急激に伸びている。多様性がもたらす新しい発想、既成概念や慣習に捉われない自由な「アート思考」は大企業でも積極的に取り入れられている。
ハーバード大学医科大学院で、ジェレミー・ノベル博士が設立したアート&ヒーリング財団の「プロジェクト・アンロンリー」というユニークな授業が近年注目を集めている。現代社会において多くの人が抱える孤独感や社会からの疎外感による精神疾患などの治療にアートを活用するという内容である。
教科書のない授業
アメリカの美術教育が日本と異なるのは教育委員会から支給される教科書が無いことだ。基本的なカリキュラムはあるが、教師により教える内容が大きく変わる。ほとんどの教師はアーティストでもある。
ブルックリンの公立高校の美術教師ダン・ウィーバー氏は「美術館に陳列されているピカソやマチスの名作を歴史的に解説するより、バスキアやカウズを見せたほうが生徒たちはアートを学べると思う。ニューヨークは世界一のアーティスト人口を誇り街中がアートで溢れている。子供たちは知らないうちにアートに触れている」と話す。
多種多様な人種や環境の異なる生徒が通う同氏の学校では、アートの授業は6名の専任教師による彫刻、絵画、工芸、ダンス、音楽、写真とメディアアートのクラスがある。各クラスの人数は13人程度。公立校でアートの選択肢が6科目もあるのは稀だ。ウィーバー氏が教育の基本とするのは「アートは楽しい」。「試験に受かるためにベートーヴェンの曲も聴かずに生年月日と曲名を覚える教育より、リズムや音を身体で感じることのほうが大切なこと」
学校以外でもアートは学べる
大学の授業料と匹敵するようなセレブ御用達の私立校や富裕層が集まる地域の一部の公立校以外(美術専門学校は除いて)は、満足の行く美術教育を受けるのは難しいと言える。だが、ニューヨークには美術館をはじめ、芸術団体や非営利団体、市が提供する幅広いアート・プログラムがある。家庭環境や住む地域が違ってもアートを学ぶことはできる。アートは誰にでも公平なのだ。
参考サイト:
市が開催するプログラムと公募
https://infohub.nyced.org/
13歳以下対象の無料プログラム
Free Arts NYC
http://www.freeartsnyc.org/
1431 Broadway, 8th floor, New York, NY 10018
家庭環境により学習の機会が無い生徒対象。ウィークリーメンタープログラム、サマーキャンプなど。インターンシップもあり。
10代対象のワークショップと社会活動
Citykids
https://www.citykids.com/
社会経済的な障壁を越えた多文化なチームを作りリーダーシップスキルを養う。アート制作をプロのアーティストと。
ニューヨーク州のサマースクール
New York State Summer School of the Arts (NYSSSA)
http://www.oce.nysed.gov/nysssa
スキッドモア大学Skidmore College、フレドニア州立大学SUNY Fredonia、デリー州立大学SUNY Delhi、アルフレッド州立大学Alfred State Collegeで夏季集中芸術プログラム。
美術館のプログラム
Metropolitan Museum of Art
https://www.metmuseum.org/events/programs/teens
10代対象。ワークショップやイベントでスキルを磨き、他の生徒と輪を広げる。
Brooklyn Museum of Art
https://www.brooklynmuseum.org/education/camps/summer_camp
8歳から13歳対象のサマーキャンプ。写真、彫刻、絵画、アニメなど。
梁瀬 薫(やなせ・かおる)
国際美術評論家連盟米国支部(Association of International Art Critics USA )美術評論家/ 展覧会プロデューサー 1986年ニューヨーク近代美術館(MOMA)のプロジェクトでNYへ渡る。コンテンポラリーアートを軸に数々のメディアに寄稿。コンサルティング、展覧会企画とプロデュースなど幅広く活動。2007年中村キース・ヘリング美術館の顧問就任。 2015年NY能ソサエティーのバイスプレジデント就任。