連載990 女性に見限られた国ニッポン
知らず知らずに進んでいる海外流出の現実 (中)
(この記事の初出は2023年3月21日)
背景にあるのは日本経済の落ち込み
女性の海外移住が増加していることについては、私のような者にとっては、意外でもなんでもない。ただ、このことを知らない人間がほとんどであること、また、知っていてもなんの問題意識もない人間が多いことのほうが意外だ。
女性の海外移住者が多くなったこと以前に、海外に出る人間が増え続けているということは、日本より海外の方がいいということだから、もはやそれは当然のことと言っていい。途上国を除いて、欧米圏、東南アジア・オセアニア圏のほうが、日本より豊かだし、自由度もはるかに高い。ここまで日本経済が落ち込んだのだから、起こるべくして起こったと言える。
もはや、「安いニッポン」「不自由なニッポン」「稼げないニッポン」なのだから、男女を問わず、有為ある者なら、みな出ていくだろう。なによりここ30年間、日本人の平均賃金は上がっておらず、OECD38カ国中24位まで低下し、韓国にすら抜かれてしまった。
ここまで落ち込むと、早いうちに海外に出ないと、さらに将来を失う。このまま行けば海外との差がさらに開き、もはや出たくとも出られなくなると思う人間が増えている。海外旅行者数の減少が、そのことを如実に物語っている。
移住理由は「リタイアメント」「介護」「教育」
女性の海外流出に触れる前に、最近の海外移住、とくに東南アジア圏移住が困難化していることを取り上げておきたい。
ついこの前まで、マレーシアは日本人の海外移住の人気ナンバー1国だった。「リタイアメント移住」「介護移住」「教育移住」する日本人は多かった。
リタイアメント移住に関しては、マレーシアばかりか、タイ、フィリピンなども人気国だったが、その最大の理由は、各国ともリタイアメント優遇ビザ制度があり、たとえば、日本でもらえる月額約23万円の年金(平均的な給与所得を40年間続けた夫と専業主婦の妻が受け取れる合計額)で、日本以上の暮らしができたからである。
また、介護移住にしても、たとえば認知症の親の面倒を見る場合、日本よりもマレーシアやタイの方が安価で済んだ。
教育移住はやや別格。これは、マレーシアやフィリピンの場合、母子留学中心で、これは中流上層が多く、もっぱら英語教育を求めてのものだった。
しかし、いまや、こうした移住は、経済的な理由により困難になってきた。なぜなら、東南アジア諸国の経済的地位が上がり、相対的に日本の地位が下がったからだ。
もうフツーの日本人は来て欲しくない
これまで、マレーシアやタイ、フィリピンといった東南アジア諸国は、先進国からの移住者を積極的に受け入れてきた。それは、豊かな移住者が経済を潤してくれるからだ。しかし、いまやその必要はなくなった。
なぜなら、自身が経済発展を遂げ、途上国の低賃金単純労働者を受け入れる以外、ほとんど意味がなくなったからだ。
たとえば、マレーシアの場合は、2011年10月に、リタイアメントビザの大幅な改正を行った。それ以前は、日本人中流層でもクリアできた年収基準、資産基準で「MM2H」というリタイアメントビザを発給していたが、この条件を大幅に引き上げたのである。
その結果、いまではリタイアメントビザの発給基準が、年齢が35歳以上、年間滞在日数90日以上、国外収入は月収で約104万円、定期預金は日本円にして約2600万円、更新期間は5年ごと、流動資産は3900万円、年間維持費用は1万3000円、事務手数料は本人が1万3000円(被扶養者は7000円)となった。
それまでは、申請時点での基準は、月収28万円程度、資産基準は50歳以上だと約980万円(50歳未満は約1400万円)、10年更新、滞在日数も要件に入っていなかったから、これは大幅なハードルの上昇である。
こうなると、前記したような日本人一般層による「リタイアメント移住」「介護移住」は、かなり困難になる。現地の物価も上がったので、日本の年金生活者では暮らせなくなった。
よっていま、海外を目指す層は、かつてとは大きく違うようになった。その中核にいるのが、若者たちであり、とくに若い女性たちなのである。
(つづく)
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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。