連載996 カーボンニュートラルで、 やがて中国が一人勝ちするという「悪夢」 (上)

連載996 カーボンニュートラルで、
やがて中国が一人勝ちするという「悪夢」 (上)

(この記事の初出は2023年4月11日)

 もし、中国が本腰を入れて地球温暖化対策に取り組んだら、この世界はどうなるだろうか? いまのところ、石炭火力を温存し、CO2排出量世界一だが、その一方で、太陽光発電などによる再エネ、エンジン車からEVへの転換なども積極的に進めている。すでに太陽光パネル、蓄電池では世界一のシェアを持っている。
 その中国の上海に、テスラは大型蓄電池「メガパック」の製造工場を建設することになった。こうした動きを見るにつけ、もはや地球温暖化対策は中国抜きでは語れない。いずれ、中国が世界の最先端を行くのではないかと思える。
 おそらくそれは、日本にとっては想像したくもない「悪夢」に違いない。 

 

テスラが上海で大型蓄電池工場を新設

 テスラCEOのイーロン・マスクは、4月8日から中国を訪問し、李強首相ら北京の上層部および上海政府高官らと会談を持った。
 中国訪問の目的は、上海のテスラのEV生産工場の視察と、訪問に合わせて発表された大型蓄電池「メガパック」の生産工場建設の打ち合わせである。蓄電池の工場は来年の第2四半期(4-6月)に生産を開始するという。
 言うまでもないが、リチウムイオン蓄電池はEVの心臓部である。また、EVの生産コストの3割以上を占める。
 したがって、テスラは、上海でバッテリーと車体づくりを同時に行い、中国市場で発売を予定している低価格EVの販売を強化しようというのだろう。
 2年前、イーロン・マスクはテスラの電池事業の説明会で、いずれバッテリーの生産コストを半減させ、製造を内製化すると宣言していた。それと同時に、2023年には販売価格を2万5000ドル(約340万円)に設定したモデルを販売できるだろうと述べていた。

レアアース技術の禁輸に踏み切った中国

 テスラの上海バッテリー工場の建設と時を同じくして、中国政府はレアアース磁石の製造技術を禁輸する方針であることが報じられた。
 レアアースは、レアメタル(希少金属)の一種で、全17種。このうち、中国がリストアップしたレアアースを用いた高性能磁石の「ネオジム」や「サマリウムコバルト」は、EV、スマートフォン、エアコン、航空機、ロボットなどの製造には欠かせない。
 ネオジム磁石の世界シェアは中国が約85%、日本が約15%、サマリウムコバルト磁石は中国が約90%、日本が約10%とされる。そのため、中国が製造技術を禁輸してしまうと、磁石メーカーを持たない米欧を中心とした国々は新規参入が困難となり、中国産の製品を買う以外に方法がなくなってしまう。
 アメリカは、2022年10月、中国の半導体産業に対して広範囲の規制に踏み切った。14~16ナノメートル以下のロジック半導体の製造などに必要な装置や技術を商務省の許可制にした。これは事実上の禁輸措置で、今年になってこれにオランダ、日本も歩調を合わせることになった。
 この禁輸措置でもっとも困るのは、中国である。
 したがって、中国のレアアース磁石の禁輸措置は、これに対する対抗策であると言える。そして、これでもっとも困るのがテスラをはじめとする世界のEVメーカーである。
 よって、今回のテスラの上海バッテリー工場建設は、中国のレアアース磁石の禁輸措置の回避手段と考えられる。EVの低下価格化を促進し、中国市場での販売拡大を目指すテスラにとって、然るべき一手なのである。


(つづく)

 

この続きは5月10日(水)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

タグ :