津山恵子のニューヨーク・リポート
Vol.9 「欺瞞」だった広島サミット サミット最貧国、日本ができることは
広島で開かなくてもよかったのではないかー。私の感想ではない。戦地ウクライナから命懸けで参加したゼレンスキー大統領の本音ではないか。5月19日から広島で開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)のことだ。
世界の被爆者らが、「ニュースはない。裏切りだ」と失望しているという結果については後でふれよう。私は、長年政治的行事を取材してきて、ゼレンスキーだけでなく各国首脳が拍子抜けしたと強く感じている。つまり、広島サミットはイベント的に「欺瞞」だったと。
私は、岸田首相が3月、ウクライナを訪問した際、サミットへの参加を打診したのだとばかり思っていた。しかし、違った。ゼレンスキーはその後、フランスのマクロン大統領と会談した際にフランスの航空機で広島に行きたい、と頼みこんだというのだ。
ゼレンスキーは、仏空軍のエアバスで、敵国ロシアと急接近している中国の上空を飛び、5月20日、広島空港に降り立った。タラップを降りてきた彼を、フランスの軍服をまとった制服組が迎えていた。日本の報道によると、ゼレンスキーが参加すると思わなかった日本政府が、正式に招待状を送ったのはサミットのわずか1週間前だったという。
命の危険を犯してまでゼレンスキーが、広島に来たかった背景は何か。もちろん、予想された果実は得て帰国した。西側諸国が、敵国ロシアを囲い込む形で団結を示した。バイデン米大統領は、F16という次世代戦闘機の訓練を、ウクライナのパイロットにしてくれると特大のおみやげをもたらした。
しかし、ウクライナは今やロシアによる核攻撃の「的」だ。ゼレンスキーは、世界で最初の被爆地ヒロシマで開かれたサミットで、核兵器の使用を真に抑制する合意を得たかった、その歴史的イベントに立ち会いたかったのではないか。各国首脳も、歴史的サミットに立ち会ったと国内向けにアピールをしたかっただろう。
ゼレンスキーは広島原爆資料館を訪れたことについて、こうツィートしている。 「放射能で世界を脅迫する権利は誰にもない」
7カ国首脳が広島原爆資料館を訪問した際、「取材」が許されなかった時も、「あれっ」と思った。もちろん各国の取材陣が資料館に詰めかけたら、首脳らもゆっくり参観はできない。それなら「代表取材」と言って、カメラマン1人、ビデオカメラマン1人に取材を許可すればいいだけだ。それさえなかった。地元の中国新聞がなぜか解き明かしている。おそらく、「これは駄目、あれは見る」と米国から注文があったと。「核のボタン」を同行者に持ち歩かせているバイデン大統領を混乱させるのを周囲が嫌がったのだという。同新聞はこう書いた。「君はヒロシマを見たのか」と。
最後に「核軍縮広島ビジョン」について。実は、G7サミットで核軍縮にふれた初の文書ではある。ところが、「廃絶」「被爆者」という言葉さえなかった。核兵器は使ってはならないが、抑止力としては役に立っているから、現状を維持しよう、という内容だ。これが「広島ビジョン」と言えるのか。
ニューヨーク・タイムズは、ビジョンについて記事を出さなかった。米メディアにとって「現状維持」は「ニュースではない」からだ。バイデンが被爆者慰霊碑を訪れたことは歴史的で、紛れもなく「ニュース」で記事化していた。オバマ元大統領が広島を訪問し、安倍首相が真珠湾を訪れた際の記事のように、歴史的な意味を綴っていた。
市民の立場からサミットに提言してきた広島のNPO、ANT-Hiroshima理事長、渡部朋子さん(69)は、中国新聞にこう語った。 「広島ビジョンは、裏切りです。ですが被爆地は何度も失望を繰り返してきました。負けてたまるかと、もう立ち上がっていますよ」 そして、平和を求める世界の市民社会と幅広い連携を続けていく、と言う。身が引き締まる発言だ。
あまり知られていないことだが、日本はこの23年間でG7の最も豊かな国から、最も貧しい国になった。現在、7カ国の中で、一人当たりGDP(国内総生産)で最下位だ。2000年の九州・沖縄サミットのときはトップだった。今後も人口が減り、世界における「経済プレゼンス」の縮小は進むだろう。「サミット最貧国」になった日本には何ができるのか。
それは、平和であり続け、世界から平和を先導する国だよ、と思われることではないか。残りの6カ国中3カ国は、核保有国だ。そういう広い視点がなかったが故に、広島サミットは「欺瞞」にとどまった。
7年後は長崎でサミットをホストし、平和な安定した国家であり続けることをアピールしてほしい。G7メンバーにとどまっていればだが。
津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。