連載1010 日本の「EV敗戦」濃厚か? 上海モーターショーが示す自動車の未来図 (完)

連載1010 日本の「EV敗戦」濃厚か?
上海モーターショーが示す自動車の未来図 (完)

(この記事の初出は2023年4月25日)

 

「イノベーションのジレンマ」に陥った

 トヨタのトップ豊田章男氏(現会長)のこれまでのインタビュー記事、トヨタの広報資料などを見てくると、2022年の秋までトヨタは以下のように考えていたと思える。
《いくらEVを普及させたとしても、発電部門そのものが脱炭素化されないかぎり、サプライチェーン全体で見た脱炭素化は実現しない。発電部門を考慮せず、EVの比率だけを高めても意味がない。ならば、トヨタはPHVで圧倒的にリードしているのだから、その燃費を極限まで高めて、EVとは違った進化で脱炭素を目指そう》
この考え方は、現状を見れば間違っていない。しかし、時代の流れを見誤っているように、私には思える。「イノベーションのジレンマ」という大企業が新興企業の前に力を失う理由を説明した理論があるが、トヨタの考えは、まさにこのジレンマに陥ってしまったと言えるからだ。
 デジタルカメラがやがてフィルムカメラを駆逐しまったようなことは、常に起こる。 
 すでに、EV市場は「イノベーター理論」を適用できる一歩手前まで来ている。イノベーター理論とは、スタンフォード大学の社会学者エベレット・M・ロジャース教授が提唱したものだが、今日までのデジタル社会の進展を見ると、ことごとく当たっている。
 イノベーター理論では、新商品のシェアが「イノベーター」(革新者)と「アーリーアダプター」(初期採用者)を合わせて16%に達すると、普及率が爆発的に上昇するとされている。この視点でEVを見れば、16%まであと5ポイントほどということになる。となると、2025年には間違いなく、自動車市場に占めるEVのシェアはこの転換点に達するだろう
 以後、EVの市場規模が急拡大するわけだが、となると、日本勢はまったく追いつけないのではないだろうか?

トヨタにはソフトをつくれる人材がいない

 豊富な資金と高度な技術を持ったトヨタだから、EVの遅れを取り戻すことは可能だという見方がある。しかし、後発者がほぼゼロから、すでに市場をつくってしまった先発者を捉えることは、これまでほとんど例がない。
 しかも、EVはクルマとはいえ、電子機器である。ガソリン車とはまったく違うものと考えるべきだ。つまり、ソフトウェアが開発の鍵を握っている。
 トヨタを長年取材してきた私の知人記者は、この点を指摘する。
「トヨタは4年おきのモデルチェンジというサイクルでクルマをつくってきました。このサイクルはEVには適しません。ソフトは常に開発・更新し続けていかねばなりません。しかも、トヨタにはソフトをつくれる人材はほとんどいませんよ。これまでソフトはすべて外注でやってきたからです」
 EVは、ハード面から見ると、ガソリンエンジンという内燃機関を搭載したクルマよりはるかに簡単にできる。いまやどんな機械でも、ハードはコモディティ化されているからだ。しかし、ソフトとなるとそうはいかない。
 トヨタは日本の大企業の例にもれず、広大な裾野に下請け企業を多数かかえている。つまり、下請けへの外注で成り立っている。ソフトの場合は、デンソーやパナソニッックなどの車載器メーカーにソフト込みで車体開発を発注してきた。これがEV開発ではネックになる。
 トヨタが失速する近未来を想像すると、胸が痛くなる。そのとき日本は、「ものづくり大国」の看板を下さなければならいだろう。

政治家と官僚には未来が見えなかった

 家電敗戦、半導体敗戦、PC敗戦、液晶敗戦、スマホ敗戦と、ものづくり日本の産業はことごとく敗戦を喫してきた。最後に残った自動車まで、この轍を踏むのだろうか?
 こんな状況になったのは、トヨタのような一企業の問題ではない。この国を動かす政治家と官僚に、未来を見る力がなかったうえ、判断力、決断力、実行力、行動力、すべてがなかったからだ。
 ドイツと日本は「われわれは最強」「技術で負けるわけがない」と勘違いし続けたと言うほかない。いまさら、なにを言っても手遅れだろうが、これまで何度も見てきただけに、中国がEVでもまた一人勝ちをするのだけは見たくない。 

(了)

 

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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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