連載1038 中国デカップリングは日本を確実に貧しくする。 耐えられるのか、日本経済? (下)
(この記事の初出は2023年6月13日)
「デカップリング」ではなく「デリスキング」
最近になって、急に言われ出したのが、「デカップリング」(decoupling:切り離し)ではなく、「デリスキング」(de-risking:脱リスク)である。中国をデカップリングするのではなく、脱リスクのために「依存度を下げろ」というのだ。
この言葉を使い出したのは、EUのフォン・デア・ライエン欧州委員長。彼女はドイツ人らしく、中国に対する警戒感がそれほどでもないため、デカップリングより穏健な表現として、この言葉を選んだ。
すると、バイデン政権の国家安全保障担当大統領補佐官のジェイク・サリバンも使い出し、先のG7広島サミットでは、中国を念頭に、このデリスキングが使われた。
しかし、表現は変えても、言っていることは同じ「脱中国」である。中国もそんなことは百も承知で、この言葉に反発した。5月26日の新華社通信は、「デリスキングは偽装されたデカップリングに過ぎない」とし、アメリカは「対中包囲網を強化している」と非難した。
「フレンドシェアリング」によるリスク分散
国際関係の変化は、言葉もどんどん変化させる。デカップリングとともに、アメリカが使い出したのが、「フレンドショアリング」(friend-shoring)である。これは、同盟国や友好国など近しい関係にある国に限定したサプライチェーンを構築することを意味する。
昨年、G20出席に際してアジアを歴訪したイエレン財務長官は、盛んにこの言葉を使った。
このフレンドショアリングを、アジアにおいて実現させる枠組みが、昨年発足した「繁栄のためのインド太平洋経済枠組み」(IPEF:Indo-Pacific Economic Framework)だ。インドから日本を含めた太平洋の14カ国が参加する経済枠組みで、「貿易」「サプライチェーン」「クリーン経済」「公正な経済」の4つの「柱」で交渉が行われているが、最大のテーマは、中国抜きのサプライチェーンの構築である。
IPEF は、5月27日、デトロイトで閣僚会合が開かれ、「サプライチェーン協定」が事実上妥結した。これが、発効すると、IPEF 14カ国はフレンドショアリングをすることになるが、はたして脱中国によるリスク分散ができるかどうかは、まだ不透明だ。
中台有事でGDPの53兆円が消失
日本が完全に中国をデカップリングした場合、どうなるかという試算がある。昨年10月18日の日経新聞は「ゼロチャイナなら国内生産53兆円消失 中国分離の代償」という記事を掲載した。
それによると、「米中対立の激化やウクライナ危機で世界のサプライチェーン(供給網)が分断されつつある」なかで、中国を外せば、日本のGDPの1割以上、約53兆円がなくなるという。
戸堂康之・早稲田大学教授と兵庫県立大学の井上寛康教授が、100万社以上の企業の400万以上の取引関係のデータを用いてシミュレーションしたところ、たとえば台湾有事で2カ月間中国からの輸入の80%が途絶した場合、途絶した輸入の総額は約1兆4000億円に上り、日本では、家電や車、樹脂はもちろん、衣料品や食品もつくれなくなる。そうして、約53兆円が消失する。
さらに、製品の価格も上がる。供給網の調査会社、オウルズコンサルティンググループによると、家電や車など主要80品目で中国からの輸入をやめ、国産化や他地域からの調達に切り替えた場合、年13兆7000億円のコスト増になるという。
(つづく)
この続きは7月11日(火)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。