アートのパワー 第14回 二人のアジア系アメリカ人のミステリー作家 (中)エド・リン(Ed Lin:台湾系アメリカ人2世)(前編)
私にとって夏の読書はミステリー小説(推理小説や探偵小説ともいわれるジャンル)だが、実のところミステリー小説は夏に限らず、いつでも読んでいる。私好みのミステリーは、歴史上の特定の時代を舞台とし、当時、実際にどのようなことが起こっていたかも知ることができるものである。そこで今回は、私が一押しの、アジア系アメリカ人の人生を描いたもう一人のアジア系アメリカ人作家を紹介したい。
エド・リンは、由緒あるアジア系アメリカ人文学賞を3度受賞した初めての作家である。父方の家系は、400年以上前に明が滅びた後、大陸から台湾に移住した。祖父は日本の植民地時代の人だったので、日本語ができ、一生日本名で通したという。父親は台湾からアメリカに移民し、母親は大陸からアメリカに移民した。リンはニューヨーク生まれの2世である。ニュージャージー州で育ち、コロンビア大学を卒業、専攻は鉱山工学で 理学士号(BS)を取得した。彼はジャーナリストになりたかったので、文学も副専攻していたが、文学士号(BA)には1クラス単位が足りなかった。
2007年に最初のミステリー小説を出版。ニューヨーク市警(NYPD)のロバート・チョウ刑事シリーズは現在3巻まで刊行されている。舞台は1970年代のニューヨーク中華街。チョウ刑事は、ヴェトナム退役軍人でアルコール中毒。中華街を巡回する警官の中で唯一の中国系アメリカ人で、中国語(広東語)を喋れるのは彼だけだった(中国本土からの移民でマンダリン[中国語の標準語、北京語を指す]を話す人が増えたのは、1979年アメリカの移民政策が変更してからである)。彼は、NYPDと中国人移民や中国系アメリカ人のコミュニティとの間のわずかな信頼をつなぐため、中華街でのイベント時にコミュニティと対応するため祭り上げられた“お飾り”のような存在だった。父親すらロバートが警官になることに反対した。実は、父親は不法移民だったのだ。当時のニューヨーク市は破産寸前で、治安も荒れていた。ウェストチェスター育ちの私は、落書きだらけの地下鉄に絶対乗らないように、地下鉄からは生きて出てこれない、と母から諭されていた。人々は、路地に引きずり込まれて強盗やレイプに遭うかもしれないので、夜間は建物の近くを歩かないよう警告されていた。市の公共サービスの予算が削減され、ゴミ収集の問題は顕著だった。このような時代を背景に、リンは、中華料理店のオーナーと従業員、市民団体、出身地や性、職業などを基に結束している様々な中国人の団体(日本の県人会を思わせるが、団体の構成員が異なる中国方言を話す、台湾、香港、又は中国本土の他の地域の出身者により、より政治的で複雑に絡み合っている。1882 年の中国人移民排斥法により中国からの移民が1965年国籍法まで禁止/制限された歴史がこの背景にある)、中国人マフィア、不法移民、密入国請負業者、政治亡命者などが絡み合った世界を展開する。
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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。