津山恵子のニューヨーク・リポート
Vol.15 新旧ハリウッドを反映 オッペンハイマーとバービー
映画「オッペンハイマー」と「バービー」の2作がこの夏話題となり「バーベンハイマー」という造語まで生まれた。「原爆の父」と呼ばれた科学者の生涯を描く深刻な3時間映画と、ピンク一色のワールドに住むバービーの実写作品。まるで真逆の性質の2作が、7月中旬同日公開となった。SNSでバズったため「見なくちゃ」と、初日に計5時間映画館で過ごした人が続出した。
私は2日に分けて見たが、結論から言うと2作とも見るべきだと思う。現代社会と文化が抱える問題を鋭く描写しているからだ。
「バービー」は、痛快明快だった。ボーイフレンド、ケンは脇役で、さまざまな人種で、車椅子に乗る女の子を含むバービーが人生を楽しむ「ガールズワールド」。ところがバービーとケンがある日訪れた「リアルワールド」は、「男ばっか!正反対!」と衝撃の実態。バービー人形の製造元マテル社に行くと、役員室は背広を着て、CEOの言動の真似しかできないおバカな男ばかり。「女の子は、何にでもなれる」というメッセージを人形で発信してきたマテルは、男性支配だった。リアルワールドをくぐり抜けたバービーは、男性女性どちらが優位でもなく、「自分」発見の大切さに目覚めていく。
監督のグレタ・ガーウィグは、等身大の女性を描くのが上手い。今回の作品で10億ドルを超える興行収入を得た初の女性監督となった。
一方、鬼才クリス・ノーラン監督の「オッペンハイマー」は、やや難解。アメリカで原爆を製造し、実験に成功し、広島・長崎への投下にもかかわった初の科学者の「プロジェクトX」的作品だ。オッペンハイマーは戦後、水爆実験に反対した。原爆投下を決断したトルーマン大統領(当時)に会った際に「私の手は血にまみれている」と告白する。しかし、反戦・反核の映画ではない。
なぜなら、広島・長崎での被爆に関する映像や、2都市における死亡者の正確な数さえ伝えていないからだ。アメリカの実験場周辺の被爆者にもふれていない。科学者が加害者として苦悩した姿の描写だけで、原爆投下が「ジェノサイド」であったという事実は、映画の中では無視された。
日本とアメリカでは、「原爆観」について大きなギャップがある。ピュー・リサーチ・センターの調べによると、「原爆投下は正当だった」と答えた米国人は56%と過半数いる(2015年)。ノーラン監督は、こうしたメインストリームの観客と興行成績を意識したのだろう。
「バービー」にも「ホワイト・フェミニズム」という批判がある。しかし、男性が生んだ会社中心・資本中心の社会、諍いを批判し、個人の大切さを訴えたバービーの方が、広がりと未来への可能性を感じさせた。オッペンハイマーは男性が代表する「旧ハリウッド」、バービーは女性が築く「新ハリウッド」の作品として見比べると、私たちが住む世界を理解する助けにもなる。(津山恵子)
津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。