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共同通信
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日本人28人を含む乗客乗員269人全員が死亡した大韓航空機撃墜事件から1日で40年がたった。静岡県三島市で酒店などを営む川名正洋さん(57)は、2歳上の兄広明さんを亡くした。20歳の誕生日当日、留学先の米国から帰国する途上での悲劇で、「東西対立がなければ起きなかった」と正洋さん。平和の尊さを訴え、事件を風化させないよう関連資料のデジタル化にも取り組んでいる。
高校3年の2学期が始まる日、目覚めると自宅は騒然としていた。テレビが航空機に関するニュースを伝えていた。乗客の名簿がカタカナで表示され、「カワナ・ヒロアキ」の文字があった。
広明さんは3カ月前、米国へ短期留学に向かった。その後、遺体も遺品も戻ってこなかった。
発生から1週間後、北海道稚内市から現場周辺を船で訪れた。静岡の青い海と違い、暗い紺色の海面に「寂しく、悲しい感じがした」。
ウクライナ侵攻など、世界中で紛争が繰り返され、家族を亡くして悲しむ人が絶えないことに心を痛めている。生きている限りは撃墜事件と関わり続ける。