連載1070 マイルドインフレでも生活は破壊される! 秋に顕在化する大不況前に知っておくべきこと (下)

連載1070 マイルドインフレでも生活は破壊される!
秋に顕在化する大不況前に知っておくべきこと (下)

(この記事の初出は2023年8月15日)

 

アメリカが金利抑制に転じても円安は止まらない

 ここでの問題は、日銀がこんなことをいつまで続けられるかだ。インフレを無視して物価上昇を放置し続ければ、政府の財政は持つが、国民生活が持たなくなる。
 日米の金利差から円安はますます進み、輸入物価は高騰し続ける。経済学的な見地から言えば、物価上昇が続く局面は、金利を上げなければならない。緩和を続ければ、通貨安とインフレは止まらなくなる。
 一部に、アメリカのインフレが沈静化したので、今後、FRBは利上げを抑制するか、場合によっては利下げを行う。そうなれば、日米の金利差は縮まるので、円安は止まり、円高に転じるという見方がある。
 しかし、いくらアメリカが金利を引き下げたとしても、日銀が金融緩和を続ける限り、円は市場に大量に供給される。マネーサプライは増え続けるのだから、円高に転じるわけがない。一時的な揺り戻しはあっても、長期的には円安である。
 なぜ、ここまでインフレというか、スタグフレーションで長期衰退に陥っている国の通貨が高くなることがあるのか? 金利差以上に、こちらのほうがもっと大きな円安要因である。
 円安が続けば、輸入物価の上昇は止まらず、国民生活はさらに苦しくなる。

インフレは物価上昇という意味ではない

 ここで、インフレに対して一般の人間が誤解していると思うので、そのことを指摘しておきたい。それは、インフレは物価上昇ではないということだ。
 これは言葉の問題だが、このことを整理してみると、インフレになるとなぜ物価が上がるのかがよく理解できる。
 インフレーション(inflation)を辞書で引いてみると、最初に出てくるのは「the action of inflating something or the condition of being inflated.」である。つまり、「なにかのモノか状況が膨張すること」というのが、インフレーションの本来の意味で、「物価上昇」というのは、あくまで経済学的な意味、二次的な意味なのである。
 つまり、インフレとは「膨張」のことであり、なにが膨張するかといえば、マネー(通羽化供給量=マネーサプライ)である。
 おカネの量が膨張するのがインフレで、それが結果的に物価上昇を招く。
 マネーサプライによって、おカネをたくさん持つ人間が増えれば、欲しいモノに対しては以前より多くのおカネを払う。よって、モノの値段は上がる。これは、逆から見ると、おカネが増えすぎて、その価値が下がっているということになる。つまり、インフレ時はおカネを持っているほど損をするということになる。
 まして、いまの日本はおカネにほぼ利子が付かないのである。インフレが進めば進むほど、国民は貧しくなる。

マイルドインフレでも生活は破壊される

 もう一つ、インフレで誤解していると思われることがある。それは、かつて日銀が目標とした2%のインフレが好景気をもたらすというのがウソだということだ。
 物価が上昇するだけで好景気になるわけがない。好景気だから物価が上昇するのであって、その逆はない。原因と結果をはき違えている。不景気だろうと物価は上昇する。
 さらに、2%程度のマイルドインフレは、「経済的に健全で望ましい」というのもウソである。マイルドインフレに対してハイパーインフレがあり、こちらは1カ月に50%以上も物価が上がる状況を言う。
 こうなれば、もちろん恐ろしいが、マイルドインフレもまた恐ろしいのである。
 数%のマイルドインフレは、たいしたことはないように思える。しかし、時間の経過とともに、おカネの購買力は想像以上に低下してしまう。
 たとえば、年2%のインフレだと。おカネの購買力は5年後には9%、10年後には18%減少する。年5%の場合だと、5年後には22%、10年後には39%減少する。さらに、年10%になると、5年後には38%、10年後には61%の購買力が消滅する。つまり、相応の金利、あるいは賃金の上昇がなければ、マイルドインフレであってもおカネの価値はどんどん低下し、知らないうちに損をすることになる。
 ハイパーインフレが劇薬とすれば、マイルドインフレはじわじわと侵されていく毒薬だ。長い時間をかけて国民生活を崩壊させる。


(つづく)

この続きは9月7日(木)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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