連載1090 覇権国アメリカの「内憂外患」 万引き、不法移民、高齢大統領、ウクライナの「4重苦」(中3)
(この記事の初出は2023年9月12日)
名門ルーズベルトホテル周辺に溢れる移民
不法移民が続々到着し、マンハッタンが路上生活者で溢れる様子は、連日のように、メディアが伝えている。その度に取り上げられるのが、グランドセントラル近くにある由緒あるルーズベルトホテルだ。『ウォールストリート』や『マルコムX』など多くの映画やドラマの舞台にもなってきたこのホテルは、いつの間にかパキスタン航空の所有となり、コロナ禍の2020年10月に閉館。その後、NY市が借り上げて、いまは移民たちの一時滞在のシェルターとなっている。
30代、40代のとき、私はNYに取材で行くと、このホテルによく泊まった。天井が高く、豪華なシャンデリアがある荘厳なつくりで、NYの1920年代のギルデッド・エイジを彷彿とさせるホテルだった。
それが、いまや移民シェルターとなり、さらに、ホテルに入りきれない移民はホテルの周辺で路上生活をしている。その光景を伝える、現地TVのレポーターは、「ホテルはパキスタンが所有、不法移民はホテルに入りきれず路上に溢れています。NY市の負担たるや相当なもの。いったい、NYはなにをやっているのでしょうか」と声を荒げていた。
8月19日のAFPは『「思いやりは無限、スペースは別」 路上に移民あふれる米NY』という配信記事で、NYの窮状を皮肉っていた。
その記事によると、NY市はついに、「シェルターとサービスを提供できる保証はありません」と書かれた移民向けのポスターをつくったという。
誰であっても屋根のあるシェルターで暮らせる
調べてみると、NYの人権に対する政策は、全米でもっとも進んでいる。
NYでは、屋根のない人は誰でも市からシェルターを借りる権利があるという「シェルターへの権利」が、1981年の訴訟以来実施されている。たとえ不法移民であろうと、この権利は守られる。市民であるホームレスに与えられた権利が不法移民にも与えられるのだ。
ともかく、不法滞在(イリーガルスティ)であっても、「基本的人権」は侵してはならないのである。そのため、低所得者向けの医療保険、フードスタンプ(食料費補助)、住宅補助、児童福祉、合法移民向けの教育補助、職業訓練、運転免許証の交付までもが認められている。
アダムズ市長はこれまで、たびたび、不法移民に対しての援助を連邦政府に援助を求めてきた。十分な資金援助が得られないこと、就労許可の要求に応じてくれないことなどで、バイデン政権を非難してきた。しかし、バイデンは、NYに限らず、聖域都市で起こっているこの問題に、有効な手立てを打てないでいる。
バイデンのバラマキでドルの価値が低下
アメリカの4重苦の3番目の問題は、バイデン大統領自身にある。移民問題、貧困問題に寛容なのはいいが、寛容になるための原資、つまり予算が足りない。
しかし、バイデン民主党はそれを無視して、これまでバラマキ政治としか思えないことばかりしてきた。もっとも、コロナ禍があったので仕方ないかもしれないが、現金給付は3回におよび、その総額が8500億ドル(約125兆円)を超えた。そのため、米国債(財務省証券)が大量発行され、その累積残高は約33兆ドルに達し、4%金利の負担では、年に約1.3兆ドルにもなる。これは日本円にすると約190兆円であり、日本の国家予算よりはるかに大きい額だ。
このため、債務不履行(デフォルト)が顕在化し、6月には、債務上限を一時的になくす法案を、共和党の譲歩により成立させざるを得なくなった。しかし、この法案には期限があり、それは2025年1月である。
このようなことから、基軸通貨のドルの価値は低下している。アメリカに財政不安がなければ、米国債は売れる。その逆なら売れなくなる。いまや中ロはまったく買わなくなり、主要国で買っているのは日本だけとなった。
また、中ロを含めた「BRICS+」がドル離れを進め、ドル以外の通貨や通貨バスケットによる決済を行うようになった。これが、進むと、アメリカの世界覇権は後退する。
(つづく)
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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。