第7回 ニューヨーク アートローグ
今季おすすめ展覧会
日系米国人としてアメリカ美術史に残る女性アーティスト ルース・アサワ
ホイットニー美術館「ルース・アサワ:スルー・ライン」
2023年9月16日―2024年1月15日まで
収容所でアートに目覚めて
ルース・アサワ(1926年―2013年)は日本ではあまり知られていないが、米国では2020年に郵便記念切手も発行されるなど認知度の高い日系米国人女性作家だ。福島県から移民した両親のもとカリフォルニア州ノーウォークに生まれる。6人の兄弟と共に南カリフォルニアの農家で育つ。小学校時分は毎週日本語と書道教室に通うが1941年に太平洋戦争が勃発し人生が大きく変わることになる。1942年に父親がFBIに逮捕され、アサワと母親と5人の兄弟はサンタ・アニタ競馬場に強制収容される。その後アーカンソー州日系人強制収容所に送られる。収容所ではディズニー・スタジオのアニメーターや美術講師など日系人アーティストと知り合い絵を描くようになる。収監中にアートに目覚め、その後は1946年にノースカロライナ州のブラック・マウンテン・カレッジに進み芸術を学ぶ。ジョン・ケージやマース・カニングハム、ドイツのバウハウスに学んだヨゼフ・アルバース、バックミンスター・フラーなど名だたる前衛芸術家や思想家が教授陣で、実験的な芸術を基礎としたリベラルアーツ教育をする進歩的な大学だった。その大学で知り合った建築家のアルバート・ライナーと結婚。拠点はサンフランシスコとなる。アサワは作品制作だけでなく社会的な活動にも力を注いだ。特に子供に向けた美術教育に熱心だった。「子供は色彩、デザイン、そして自然を学ぶ能力がある。芸術は人を幅広くし向上させてくれる」という信念のもと、68年には友人と共同でアート・スクールを設立。また1960年代の社会不安に影響され、コミュニティで積極的に発言するようになる。1968年にはサンフランシスコ芸術委員会の委員に任命される。ほかのアーティストたちと社会変革を提唱する。アサワは6人の子育てをしながらも生涯制作の手を止めることはなかった。2013年87歳で亡くなるまで西海岸を中心に多くの個展を開いている。
線を通して
アサワを代表する針金の彫刻は1947年にメキシコで見た針金で編んだ籠がヒントとなっている。天井から吊り下げられる編み込まれた彫刻作品は、まるでぼんぼりのような柔らかな曲線形状が特徴的だ。何重にも編み込まれ細胞や生命体を感じさせ、女性の肉体を感じさせる。今回のホイットニー美術館個展では、生涯にわたる絵画作品を探求しているが、彫刻同様に絵画作品も植物や木からのインスピレーションを見ることができる。庭で野菜や花を育てていたアサワの観察力だ。また展示されている作品にはブラック・マウンテン・カレッジ時代に制作した折り紙の技法によるオブジェが新鮮だ。人生の様々な瞬間が織り交ざり、変容を遂げながら繰り返されるラインに引き込まれる。透明感のある作品群には東洋的で女性らしさが漂うが、作品とは裏腹にアサワ自身は「もはや自分は日本人でもアメリカ人でもなく、『宇宙の市民』なのです」と表明している。
梁瀬 薫(やなせ・かおる)
国際美術評論家連盟米国支部(Association of International Art Critics USA )美術評論家/ 展覧会プロデューサー 1986年ニューヨーク近代美術館(MOMA)のプロジェクトでNYへ渡る。コンテンポラリーアートを軸に数々のメディアに寄稿。コンサルティング、展覧会企画とプロデュースなど幅広く活動。2007年中村キース・ヘリング美術館の顧問就任。 2015年NY能ソサエティーのバイスプレジデント就任。