連載1106 もはや地球温暖化は止められない。「気候オアシス」への「環境移住」が始まっている! (中1)
(この記事の初出は2023年10月3日)
気温が1℃上がると10億人が住めなくなる
2020年5月、「アメリカ科学アカデミー紀要」(PNAS)は、『人類の“気候的ニッチ”の未来』という論文を公表した。
“気候的ニッチ”は、英語では「an environmental niche」。すべての生物種は、その生存に適した環境、すなわち“気候ニッチ”を持っていて、人類も例外ではないという。
では、それはどんな気候条件なのか? 温暖化はそれにどう影響しているか? などが、この論文では分析されていた。
論文によると、人口増と温暖化進行のシナリオによっては、今後50年間に、10~30億人の人々が、過去6000年の間に人類が繁栄してきた気候条件の外に押し出されるという。
これまで人類の多くは、年平均気温の最頻値が11~15℃前後の温帯地域で暮らしてきた。これに準じるのが最頻値が20℃~25℃前後のモンスーン地域で、全体として地球上のむしろ狭い気候条件の地域が、人類の“気候ニッチ”だった。それがいま危機に瀕しているという。
以下、この論文が指摘したポイントを列記してみよう。
(1)この地球上でもっとも気温が高いのはアフリカのサハラ地域で、年間平均気温は29℃以上。そうした過酷な環境に覆われている地域は地球の陸地の0.8%にとどまる。しかし、この極端な暑さは2070年までに地球表面の19%に拡大し、35億人に影響が及ぶだろう。
(2)影響を受ける地域には、アフリカのサハラ砂漠以南、中南米、インド、東南アジア、アラビア半島、オーストラリアなどが含まれる。
(3)気温が1℃上がるごとに、10億人が別の場所への移住を余儀なくされる。
つまり、温暖化のペースが速まれば、猛暑地域に暮らす人々は、そこに住めなくなってしまう。そのため、ほかの地域に移住せざるをえなくなるというのだ。
熱帯では「環境難民」、温帯では「環境移住」
すでに、地球温暖化、気候変動の影響による人々の移動、移住は始まっている。アフリカの熱帯地域では、大量の「環境難民」(environmental refugee)が発生し、たとえば、ケニアでは首都ナイロビに地方から大量の環境難民が流れ込み、スラムが拡大している。南アジアのバングラデッシュの首都ダッカでも同様なことが起こっている。
国連では、環境難民を、国境を越える人々と国内で移動する人々の2つのタイプがあるとし、それぞれ問題点を指摘している。
このような熱帯地域の環境難民とは別に、欧米の先進国で静かに始まっているのが、「環境移住」((environmental migration)だ。温帯が日毎に熱帯化し、気候変動が激しくなっているため、住む場所を替える人々が出始めた。
たとえば、北米では、「気候オアシス」(climate oasis:砂漠のなかのオアシスのように暮らしやすいところ)を求めて、移住する人々が出始めた。
この傾向に拍車をかけたのが、2020年から3年ほど続いたコロナ禍だ。コロナ禍でテレワークが普及したことで、なにも居住環境が悪い都会に住む必要がなくなった人々にとって、「環境移住」は一つのトレンドになった。
とくに、富裕層は、気候オアシスに移住するか、そこに居住物件を買い求めるようになった。その結果、気候オアシスとされる土地の不動産が値上がりしている。
日本は、世界でも著しく地球温暖化に対する危機意識が低いので、「環境移住」は起こっていない。メディアも、まったくスルーである。すでに、記録的な豪雨、洪水などの被害で住めなくなったところが出ているのに、一次的な復興作業しか行われていない。
(つづく)
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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。