連載1119 メディアはなぜ「朗報」と言わないのか?
2030・34札幌冬季五輪招致“大失敗”の裏事情 (完)
(この記事の初出は2023年10月17日)
「温暖化対策」が進んでいないことも原因
IOCが札幌開催を見送った理由として、日本のメディアがとくに取り上げていないことがある。それは、地球温暖化への取り組みが、進んでいないことだ。
開催に手をあげる都市が減り、五輪開催そのものの意義が薄れてきたことで、IOCは苦肉の策として、五輪開催に環境問題を持ち込むようになった。地球温暖化対策に五輪が貢献することで、国際的な認知と開催意義を高める。そうすれば、立候補する都市も増えるだろうと、考えたのである。
こうしてIOCは、2030年以降の五輪の開催都市に対して、温室効果ガスの削減量が排出量を上回る「クライメート・ポジティブ」な大会にすることを義務付けた。五輪開催によって「カーボンニュートラル」に貢献することにしたのだ。
そのため、開催が決まれば、札幌は「クライメート・ポジティブ」実施の第1号都市になるはずだった。
日本は「カーボンニュートラル」に関して前向きではない、温暖化に対する危機感は欧米に比べて薄い。札幌もその例外ではなかったが、招致活動するに当たって、「大会期間中の再生可能エネルギー電力100%の実現」「燃料電池自車475台の導入」「聖火台燃料に水素を使用」などを計画案に盛り込んだ。さらに市として「カーボンゼロシティ宣言」も行った。
しかし、いまのところ、札幌の取り組みで世界にとくに発信できるようなものは一つもない。2022年10月に、市役所本庁舎で使用する電力を再エネ100%に切り替えたぐらいである。
なぜスウェーデンは2030年に立候補したのか?
いまのところ、札幌に代わって2030年の開催地の最有力とされるのが、ストックホルムを中心としたスウェーデンと、オーベルニュ・ローヌ・アルプとプロバンス・アルプ・コートダジュールの両地域圏によるフランスである。実際、最有力と言っても、この2カ国以外、やりたがっている地域、国はなく、とくにスウェーデンだけは「やる気」だという。
では、なぜ、スウェーデンはやる気なのだろうか?
スウェーデンのオリンピック委員会は、7月15日、HPで公式に招致に乗り出すことを明らかにた。その理由は、主に3つある。
1つ目は、2026年開催で、イタリアのミラノ・コルティナダンペッツォに敗れた雪辱である。このときの敗戦は、国民の開催支持が55%にとどまったからとされた。ちなみに今回は、支持が70%あるとしている。
2つ目は、ウインタースポーツ大国にかかわらず、これまで1度も冬季五輪を開催したことがないこと。
3つ目が、冬季五輪開催を契機に温暖化対策を促進できることである。
実際、スウェーデンのオリンピック委員会は招致に向けた報告書で、開催に伴うCO2の排出量を大幅に削減するとし、「歴史上、最もサステイナブルな大会を目指す」としている。
さらに隠れた4つ目の理由として、開催地に苦慮するIOCに恩を売れると判断したことも考えられる。
温暖化は札幌に次の「悲報」をもたらす
今回の札幌開催消滅で注目されたIOC総会だが、ここで公表されたことで、特筆して置かなければならないことがある。それは、IOCの「将来開催地委員会」が、温暖化の影響で、冬季五輪の雪上競技で開催要件を満たす国・地域が、これまでの「15」から2040年までに「10」に減るとしたことだ。
つまり、今後、冬季五輪の開催はますます難しくなっていくのだが、じつはこの「10」のなかには、札幌が含まれる。
ということは、この先また札幌にお鉢が回ってくるかもしれないのである。これは、今回の朗報中の最大の「悲報」だ。次は、そうしたことを伝えた昨年のロイター電だ。以下、そのまま転載して、今回のメルマガを終える。
[冬季五輪にも温暖化問題、札幌のみ今世紀末に再開催可能=研究](2022年1月19日)
ウォータールー大学を中心とする国際研究チームは、1920年代以降の気候データと将来の気候変動傾向を基に調査。サンモリッツ(スイス)やリレハンメンル(ノルウェー)は温暖化の影響で開催できる環境ではなくなると予想された。
調査によると、開催都市の2月の日中の平均気温は一貫して上昇。20年代から50年代は0.4度だったのが、60年代から90年代は3.1度に上昇し、21世紀は来月開催の北京を含めて同6.3度となる。
ウォータールー大学のダニエル・スコット教授(地理学・環境管理)はロイターに「いまの温度上昇傾向が続けば、今世紀末に環境的に再開催可能な都市は札幌のみとなる」と述べた。かつて再開催可能な都市は少なくとも21都市あったが、今世紀半ば時点で、それより少なくなる見通しという。
冬季五輪の開催都市は1924年の第1回のシャモニー(フランス)をはじめ、欧州が半数以上を占める。しかし欧州のアルプス地域は温暖化の影響が出始めている。スコット教授は、今回の研究は国際オリンピック委員会(IOC)に開催都市の選定で一段の柔軟性が必要というメッセージを送っていると述べた。
研究チームは、各国の選手やコーチにも調査。89%が変化する天候パターンが競技環境に影響を与えていると回答。気候変動が競技種目の将来に影響を及ぼすことを懸念する割合は94%だった。
スキーなど雪上スポーツの選手の衝突や負傷が増えたのは、周辺温度の上昇と雪の状態が悪いことが一因と指摘した。
過去3回の冬季五輪では、アルペンスキー、スノーボード、フリースタイルで負傷件数が最も多かった。
(了)
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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。