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共同通信
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1992年10月に実現した天皇訪中に向け、宮沢喜一首相が橋本恕駐中国大使に「対中工作はぜひやってほしい」とひそかに命じていたことが20日、外務省が公開した外交文書で判明した。両国間の懸案である沖縄県・尖閣諸島などを巡る対立激化を避けるため、中国の主張を封印させるよう指示した。一方、自民党内の反対論を懸念して正式決定は先送りし、首相経験者らへの根回しを重視。自らは動かず、外務省幹部に対応を任せた。
天皇訪中は中国側が何度も招請し、日中国交正常化20周年の92年に実現した。当時の日本外務省は中国が民主化すると考え、要望を受け入れた。
極秘指定を解除された文書によると、日本外務省は91年11月、21世紀の日中関係を展望し「戦後のけじめ」が必要だとする内部文書を作成。渡辺美智雄副総理兼外相は92年1月に訪中し、銭其シン外相に「10月22日から27日、5泊6日。極秘裏に検討を」と伝えた。
中国は2月に尖閣を中国領と明記した「領海法」を公布。訪中反対論が盛り上がり、首相は橋本氏に対中工作を命じた。