第8回 ニューヨーク アートローグ
フェミニズム・アートの女王
今注目を集めるジュディ・シカゴとは
ニューミュージアムで大回顧展
「ジュディ・シカゴ:ハーストーリー」
2023年10月12日―2024年3月3日
ジュディ・シカゴとはいったい何者?
1939年ジュディ・シカゴは、ジュディ・コーエンとしてシカゴで生まれる。進歩的なユダヤ人の家庭に育ち芸術と社会正義への情熱を育んだ。
1964年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校を卒業した後、当時は数少ない女性作家のひとりとなる。スプレー・ペインティングからファイバーグラス・キャスティングなどの工業技術に精通する。1970年になると大衆的な社会の変化に関心を持ち、当時の女性解放運動に刺激された彼女は、結婚していた姓を捨て生まれ故郷にちなみ「シカゴ」という姓を名乗るようになった。
1970年代初頭にフェミニストとして目覚めると同時に女性運動にまつわる思想や行動への情熱を反映するような作品を制作する。女性アーティスト、作家、思想家たちの疎外された歴史を掘り起こすことに新たな挑戦を始めた。生涯教師であり研究者としてフェミニズム教育学、女性史、歴史保存への関心を、野心的なインスタレーション、研究プロジェクト、教育プログラム、オルタナティブな展示へと幅広く注いできた。2018年にはタイム誌で「最も影響力のある100人」に選ばれ、2022年にはミシェル・オバマも名を連ねるThe National Women’s Hall of Fame (NWHF)に殿堂入りを果たした。
今回の回顧展では今年84歳となったジュディ・シカゴが60年にわたりアメリカ美術に与えてきた多大な影響と革新的な作品群が一堂に集結した。1960年代のミニマリズムやアース・アートの実験から、1970年代の革命的なフェミニスト・アート、1980年代から90年代にかけてのナラティブ・シリーズまで美術館の4フロアを使い2部構成でシカゴの広大なビジョンと斬新な作品の全進化をたどる。
もし女性が権力を持ったら世界はどう変わるか
ジュディ・シカゴのアート作品といえばブルックリン美術館に常設されている『ディナー・パーティ』(1979年)だろう。歴史上の重要な女性たちを讃える儀式のようなインスタレーションで三角形の大きなテーブルにそれぞれ柄の異なる皿が置かれている。
1979年にサンフランシスコ近代美術館で初めて披露されたときは全米中に大反響を呼び起こし、フェミニズムの完結形の作品として高く評価されるも、ロサンゼルス・タイムズ紙からは酷評され、その後シカゴは美術界のメインストリームから何年も無視されていた。ところが2002年にブルックリン美術館が再び展示した際に、ニューヨーク・タイムズ紙の主任美術批評家ロバータ・スミスの高評価を得てシカゴは美術史に名を刻むことになったのだ。
本展では同作品の元となる作品群が披露されているほか、150人以上の針職人と共同制作し、出産のイメージを用いて母親としての女性の役割を啓示する「誕生プロジェクト」(1980-85年)や、労働と価値のヒエラルキーに対する一種の反抗という思考が反映された『パワープレイ』(1982―87年)の絵画作品シリーズでは、男性性の表現に広げたシカゴの考察力が際立つ。一連の作品の根底にあるのは、フェミニストとしての倫理観であり、女性的な神、エロティシズムの視覚化といえるが、創造と破壊、生と死、人類と地球の未来といったテーマにまで広がるシカゴの思想が壮大に広がる。また第2部として構成された会場ではエミリー・ディキンソン、フリーダ・カーロ、ヴァージニア・ウルフら90人におよぶ歴史上重要な女性やジェンダークィアのアーティストの作品と資料も展示されている。
これまでフェミニズムは女性解放運動の代名詞とされ時代遅れな観念と考えられてきたが、女性性という概念がLGBTQといった性の多様性へと拡散されている現代において、フェミニズムという言葉自体の意味が変化しているなか、シカゴのアートは若い世代から支持されることになった。
“Judy Chicago: Her Story”
New Museum
235 Bowery
New York, NY 10002
梁瀬 薫(やなせ・かおる)
国際美術評論家連盟米国支部(Association of International Art Critics USA )美術評論家/ 展覧会プロデューサー 1986年ニューヨーク近代美術館(MOMA)のプロジェクトでNYへ渡る。コンテンポラリーアートを軸に数々のメディアに寄稿。コンサルティング、展覧会企画とプロデュースなど幅広く活動。2007年中村キース・ヘリング美術館の顧問就任。 2015年NY能ソサエティーのバイスプレジデント就任。