第9回 小西一禎の日米見聞録 駐夫と駐妻、それぞれのキャリア設計


第9回 小西一禎の日米見聞録
駐夫と駐妻、それぞれのキャリア設計

 

駐夫と駐妻、それぞれのキャリア設計

燦然と光り輝くロックフェラーセンターのクリスマスツリーを、日本から映像で眺めるようになってから、早いもので3回目の冬を迎えた。在米中の3年3カ月、郊外の農場でモミの木を伐採するという得難い経験をし、生ツリーの芳香を堪能した。ブルックリンのダイカーハイツのイルミネーションの凄まじさに圧倒されたのを受け、デュープレックスの我が家でも、外のキラキラ装飾をかなり頑張った。

東京・丸の内のイルミネーションを見ても、どことなく物足りなさを感じる。寒さ厳しき冬の東海岸生活ではあったが、ホリデーシーズンのまばゆさは、今も良き思い出だ。それにしても、セントラル空調がない日本の一軒家は、風呂やトイレ、廊下などが本当に冷える。冬場の風呂上がりには、ヒートショックが心配でならない。

 

「男は仕事、女は仕事と家事・育児」

さて、このコーナーをお読み頂いている皆さんの中には、日本の企業や団体から派遣されている駐在員や留学生、そのパートナーも数多いことだろう。日本人が抱く性別役割意識は、かつて「男は仕事、女は家事・育児」が当たり前だった。その後、男女雇用機会均等法の施行やバブル崩壊を経て、女性の社会進出が進む中、「男は仕事、女は仕事と家事・育児」との意識にシフトしつつある。しかしながら、「男は仕事と家事・育児」とはなっておらず、「男は仕事」というのが実情だ。

1997年以降、共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回る状況が続いている。それ以前は、駐在員(留学含む)夫婦と言えば、唯一の大黒柱として働いてきた男性が駐在員となり、専業主婦の女性はそのまま駐妻になるというのがごく典型的な例だった。駐在員家族において、女性のキャリア中断という事象は、それほど生じなかった。

ところが、共働きが主流になり、仕事のキャリアを築く女性が増えてくると、女性のキャリア中断が問題として浮上するようになった。女性の夫が海外赴任となり、同行した場合、国外において数年単位で仕事から離れることを余儀なくされる。出産や育児に伴う休業とは、だいぶ様相が異なるキャリア中断の可能性に直面するのだ。

近年、駐在員に同行するのは、女性だけでなく私のように男性も目立ち始めている。日本時代に共働きだった駐在員カップルは、男性、女性を問わず、同行するパートナーにとってのキャリア中断という問題を抱えている。

 

駐夫論文を執筆、1月に書籍発売へ

2023年3月、都内の大学院を無事に修了した。修士論文のテーマは「配偶者の海外赴任に同行した男性の意識変容とキャリア設計 ~駐夫の帰国前後を中心事例として~」。女性に比べると、男性のキャリア中断が一般的ではない日本社会で、帰国した駐夫が再びキャリアを構築するにあたって、極めて厳しい状況に置かれるのではないか――という問いを立てた。そして、仕事を休職か退職して妻の海外赴任に同行した後、既に帰国した元駐夫10人へのインタビュー調査を実施した。

研究を始める前は、家事・育児を女性に任せながら、長時間労働をこなす男性が優位に立つ日本的雇用慣行の常識を考えれば、数年間ものキャリア中断に踏み切った駐夫経験者は、再就職でかなりの苦戦を強いられるに違いない、と見立てていた。


ところが、その見立てはあっさり崩れた。駐夫たちにとって「海外同行によるキャリア中断は、極めて有益」という結果が示されたのだ。決して、キャリアブランクではなく、賃金やワークライフバランスの待遇面で海外渡航前よりも、恵まれた条件を勝ち取っていた人も相当数いた。


しかし、同行決断前後から現地滞在中、さらには帰国を見据えてキャリア再設計を進めていく過程において、駐夫たちの胸中には様々な思いが交錯していた。駐夫に関する先行研究は、英語論文でごくわずか残されているものの、日本語の論文は見当たらない。一方、駐妻を巡る論文は日英両語で相当数蓄積されている。今回の論文執筆にあたり、駐夫を駐妻と比較する上で、それらは大いに参考になった。

帰国後のキャリア再構築で、男女に違いはあるのか。同行するに際し、行かないという選択肢はあり得るのか。現地渡航後、駐夫や駐妻はどのように日々を過ごし、どのような思いに駆られるのか。国外では、日本人社会に組み込まれざるを得ないのか。組み込まれた場合、人間関係におけるストレスに男女ともにさらされるのか。

こうした数々の疑問を解明した修士論文を大幅に加筆・修正した著書「妻に稼がれる夫のジレンマ ~共働き夫婦の性別役割意識をめぐって~」(ちくま新書)を年が明けた1月上旬に上梓する。ニューヨーク、ニュージャージーの紀伊國屋書店に並ぶかどうかは不明だが、もし見つけられたら、どうぞ手に取って、お読み頂けると幸甚だ。

 

小西 一禎(こにし・かずよし)
ジャーナリスト。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初取得、妻・二児とともにニュージャージー州フォートリーに移住。在米中退社。21年帰国。コロンビア大東アジア研究所客員研究員を歴任。駐在員の夫「駐夫」として、各メディアに多数寄稿。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『猪木道 ~政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実~』(河出書房新社)。

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