共同通信
松山市の道後温泉は今年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進で誘客強化を加速する。温泉街に複数台の人工知能(AI)カメラを導入するほか、宿泊施設や飲食店の情報を集約したサイトを開設。人流やサイトの閲覧状況といったデータを分析する。温泉街のシンボル・道後温泉本館が5年半の保存修理工事を経て全館営業再開を迎える節目の年に、効率的な集客や観光客の満足度向上を目指す。(共同通信=松田大樹)
道後温泉は日本書紀や万葉集に登場し、日本最古の温泉の一つとされる。温泉街の中心部では、国の重要文化財に指定された本館と、「飛鳥乃湯泉」「椿の湯」の3浴場が営業。周辺一帯には30以上の旅館やホテルがあり、高級宿からファミリー向け、リーズナブルな価格帯まで幅広い客層を受け入れる。
観光経済新聞が主催した昨年12月発表の「にっぽんの温泉100選」では草津温泉(群馬県)、下呂温泉(岐阜県)に次いで3位に選ばれた。道後温泉旅館協同組合によると、2022年度の宿泊者数は約76万人と新型コロナウイルス禍前の水準に回復。2023年度も好調に推移する。
コロナ禍が落ち着き、各地の観光地がにぎわいを取り戻す中、道後温泉の関係者が今年にかける期待は大きい。温泉街のシンボルとなっている本館は、2019年から保存修理工事を実施。観光業への影響を抑えるため部分的に営業を続けてきたが、7月11日に全館営業再開するためだ。
節目の年に誘客を後押ししようと、DXをけん引するのは旅館組合青年部部長の佐渡祐収さん(48)。「データ活用で連泊やリピート率を高めたい」と狙いを語る。
AIカメラは秋までに本館や飛鳥乃湯泉、商店街などに設置する予定。観光客が混雑度をリアルタイムで把握できるようにする。人流データが把握できれば、来訪者が多い曜日や時間帯が可視化され、商店街の店舗が「適正なスタッフ配置で利益率改善につなげる」効果を見込んでいる。
さらに、宿泊や飲食、体験プログラムなどの情報を網羅したサイト『道後WEB(仮称)』の立ち上げを計画。温泉施設以外の魅力発信を強化することで、観光客に「楽しみ方の幅を広げてもらいたい」と話す。
サイトでは訪日客の獲得に向けて多言語対応も強化する。国内全体の訪日客は2023年に約2500万人とコロナ禍前の8割まで回復。宿泊費や買い物代といった消費額は円安効果もあり、5兆円を初めて突破した。
道後温泉はコロナ禍前の宿泊者に占める訪日客の割合が数%だった。サイトの閲覧状況などを通じて訪日客のニーズを踏まえた誘客促進を図り、宿泊業で課題となる時期や曜日による繁閑の差を埋めたい考えだ。
観光業のDXは観光庁も促しており、2023年春に報告書をまとめた。旅行者の利便性向上や事業者の収益力強化だけでなく、観光は小売りや金融、農業といった他産業との接点が多いとして、地域経済の活性化にもつながると指摘した。
道後温泉のDXをけん引する佐渡さんは、自身が社長を務める道後プリンスホテルでも実践し、成果を上げてきた。紙や電話のやりとりが多かった現場にITを持ち込み業務を効率化。2023年9月期は全国旅行支援の効果もあり、売上高、純利益ともに過去最高だった。
今年は「コロナ後のリベンジ消費が息切れし、反動が来るかもしれない。物価高の中で旅行を控える動きが出ないかどうかも注視したい」と気を引き締める。これまでファミリー層の誘客に注力してきたが、ホテル最上階の10階を改装し、松山城が一望できる露天風呂付きの客室を夏に設ける。高価格帯の部屋で新たな客層を取り込む。
佐渡さんは「人手不足も課題」と説明。80人超いた従業員はコロナ禍で相次ぎ退職し60人ほどに減った。調理場や配膳の担当者が足りず、夕食付きのプランの提供を抑えざるを得ない状況が続く。予約の少ない平日は光熱費などの固定費が負担になるため、2023年は約60日を休館日にした。人材確保の特効薬はなく、従業員が休みを取りやすい環境の整備が持続的な宿泊業に欠かせないと強調する。