第10回 小西一禎の日米見聞録 令和のリアルな帰国子女受験


第10回 小西一禎の日米見聞録
令和のリアルな帰国子女受験

日本は受験シーズン真っ盛り。海外で生活する親として、わが子の教育を将来、どこで受けさせるかは大いに頭を悩ませることだろう。今春、米国から受験に挑んだ①一時帰国で高校受験②数年前に帰国した後の中学受験③一時帰国で中学受験―の3ファミリーの実情を紹介する。

 

顔出しを求められる理不尽

「寂しくなるとは思うが、娘が夢に向かっていく過程ならば、親としては応援するしかない」。谷岡明日香さん(仮名)は、4月から親元を離れ、日本で高校生活を始める長女の将来設計のため、家族会議を経て帰国子女受験に踏み切った。日本の大学で宇宙を専攻した後、海外で働きたいとの夢を抱く長女は、自らの強い意志で日本の高校に進むことを決断。寮や学生会館とは言え、一人暮らしをさせる心配は絶えない。  

中3ともなると、親が勉強に口出しすることはない。母子で1カ月滞在した日本で、最も気を配ったのはメンタル面でのケアと、常に勉強できる環境を整えることだった。滞在したウィークリーマンションやホテルは、学習できる広さの机を備えているのが必須条件。日程を全面的に管理し、ひたすら勉強に集中させた。  

通っている日本人学校からは、受験のための一時帰国という正当な理由であっても、日本時間午後10時過ぎ開始の1限の授業にオンラインで顔出し出席するよう求められた。入試の前後3日間は出なくても出席扱いとされたものの、生活リズムを崩されかねない「理不尽」を補ってくれたのは、米国で通っていた塾の講師が日本を訪れ、授業を行ってくれたこと。同様に一時帰国した塾の友達にも囲まれ「普段通りの雰囲気の中、いつもの先生に色々と相談でき、娘のストレス発散につながった。親子共々助けられた」と振り返る。  

10校ほど受けた帰国子女枠で、今や英検準1級は当然、1級がないと優位性を保てないという。また、ネックとなったのは金銭面。夫の会社負担となる航空券代以外でも、2~5万円の受験料、入学一時金、宿泊・移動費で100万円をゆうに超えた。谷岡さんは「中学生なら、本人の意思を早めにしっかりと聞くのが大事。親の希望と必ずしも一致するとは限らないので」とアドバイスを送る。

 

受験する意味を伝える

マーティン芽依さん(仮名)は2年前、長女の中学受験に向け、米国人の夫と3人で帰国し、この春首都圏の中高一貫校に帰国子女枠で合格した。帰国の理由を「バイリンガルに育てたかった。米国にいると、どうしても英語に偏るし、漢字力も身に付かない」と話す。両親が高齢であることに加え、夫が以前から日本暮らしを望んでいたことも後押しとなった。  

受験は、筆記も面接もすべて英語一本で勝負できる学校に絞り、帰国直後から帰国子女専門の塾に通わせた。気になる英語力のキープ方法は、米国の友達とインターネット上のゲームで同時に遊び、父親とは常に英語で会話。試験で課せられるエッセイ対策として、米国の最新実情を把握しておくために、通っていた現地校の児童が読んでいる本を尋ね、同じ本を読むように心掛けていたという。  

算数は、帰国後も十分通用したものの、やはりネックは国語力で、漢字の読み書きが立ちはだかった。マーティンさんは「まず、夫婦間で教育観を一致させることが重要」として、国際結婚組の場合、日本の受験制度を理解してもらう必要があると指摘。同時に「子どもが『何で、こんな辛いことをしなければいけないのか』と思わないように、受験することの意味をしっかり伝えることが大事だ」と話す。

 

ライバルは帰国子女だけじゃない

「相手は、海外組の日本人だけじゃない」。沢村結菜さん(仮名)は、海外で暮らす子どもが帰国後に教育機会を受けられるための帰国子女枠受験が、ここ数年で変質している様子に直面し、驚かされた。受験会場では、英語以外の言語が飛び交い、教育熱心な外国人や国内のインターナショナルスクールに通う日本人も見られた。  

米国で英語中心の学習にもがいてきた、純粋な帰国子女のライバルは、日本で低学年から塾に通い、英語も堪能な多国籍な子どもたち。事態を問題視した東京私学協会は、今回から出願資格を「海外滞在1年以上、帰国後3年以内」と厳しくしたものの、他地域では競争が激化している。  

長女の中学受験は、夫の帰国時期が不明だったため、出願段階では、入学時期を留保できる学校を優先的に選択。一時帰国時に、精力的に見学を重ねた。帰国子女と伝えれば、個別に見学させてくれたという。「『受験するのは自分』という当事者意識を持たせることに留意した」として、勉強も自主的に取り組ませた。帰国子女が苦手な国語を助けてくれたのは、地元図書館の豊富な日本語書籍。「読解力を維持できたのは読書好きだったおかげ」と振り返る。

 

 

小西 一禎(こにし・かずよし)
ジャーナリスト。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初取得、妻・二児とともにニュージャージー州フォートリーに移住。在米中退社。21年帰国。コロンビア大東アジア研究所客員研究員を歴任。駐在員の夫「駐夫」として、各メディアに多数寄稿。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『妻に稼がれる夫のジレンマ~共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)、『猪木道~政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実』(河出書房新社)。

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