トランプNATO発言の背景  アメリカはローマ帝国と同じ道をたどるのか?(上)

(この記事の初出は2024年2月13日)

トランプ前大統領がNATOに対し「カネを払わなければ守らない」と言ったことで、世界中が混迷を深めている。これをトランプの「トンデモ発言」と批判することは簡単だが、その背景を考えると、深刻な問題が浮かび上がる。それは、アメリカが「もう世界のことなど構っていられない」ということを意味するからだ。
 トランプは、アメリカ国民の間に広がる、こういうムードを知って発言しているのだろう。
 いまのアメリカは不法移民の大量流入、保守とリベラルの対立、貧富の差の拡大により、国内の分断・混乱が進んでいる。このままいくと、ローマ帝国が衰退したようにアメリカも衰退してしまうかもしれない。
 これまで私たちは、アメリカ覇権世界(パックス・アメリカーナ)のなかで、心地よく暮らしてきた。もし、そうではない世界がやって来たら、いったいどうしたらいいのだろうか?

トランプ発言の背景にある国内の分断・混乱

 たしかにトランプ発言はトンデモない。
 最初の発言「(軍事費を増額しないなら)ロシアの好きなようにさせる」の相手は、ドイツのメルケル前首相であるのは明白だ。これを聞いたメルケルは、どう思っただろうか?
 この発言が批判を浴びると、今度は軍事支援を「貸付のかたちにして返済させよ」と言い出した。もはや、彼の頭のなかには損得勘定しかなく、安全保障も同盟もすべて「取引」(ディール)である。
 これだと、世界は力がない国は力のある国に食われてしまうという「弱肉強食」のジャングルになってしまう。
 ただし、このようなトランプの「NATOを守らない発言」も、すでに何度も口にしている「ウクライナ支援打ち切り発言」も、その根っこは同じだ。その背景には、アメリカ国内で進む分断・混乱がある。
 いまさら、サンフランシスコやニューヨークの街の荒廃ぶりを述べても仕方がないが、不法移民で溢れ、スーパーの万引きが横行する状況は、もはや救い難い。
 テキサスのメキシコ国境に押し寄せるおびただしい数の難民を見るにつけ、いったいアメリカはどうなってしまうのだろうかと思う。

なぜわれわれの税金で欧州を守るのか?

 トランプは、時代の変化に取り残された白人労働者たちを「岩盤支持層」(rock solid supporters)としている。たとえば、かつて鉄鋼業で栄えたピッツバーグの労働者たちは、地元のダイナーでクアーズのビールを飲み、ステーキやハンバーガーを食べて、工場で一生懸命働いて家族を養ってきた。その生活が、いまは崩壊してしまった。
 そんな彼らが、なぜいま、義務を果たさないNATO諸国のために自分たちが払った税金を投入して守らなければならないのか? なぜ、アメリカから遠く離れたウクライナを支援するために、働いて税金を納めなければならないのか? 不満を抱くのは当然と言える。
 トランプの発言は、そういう彼らの不満を代弁しているのだ。そう考えると、アメリカがいま、いかに内向きになっているか、そして、病んでしまったのかが理解できる。

(つづく)

 

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※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

 

 

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