共同通信
新型コロナウイルス禍で落ち込んだ医療観光の先進地シンガポールが息を吹き返している。他国との競争が激しくなる中、もてなしや先端医療など高級路線に加え、間口を広げる取り組みを進めている。(共同通信=角田隆一)
▽料理人
「料理人を連れてくる(海外からの)患者もいます」。シンガポール中心部のマウント・エリザベス・ノベナ病院の最高経営責任者(CEO)代行のシェリー・リム氏は語った。最高額の病室は1泊1万5793シンガポールドル(約170万円)。主寝室のほか、応接間を兼ねたリビングルーム、患者が本国から連れてきた医師や警備員が宿泊できる部屋もある。
照明から香りまで、こだわりは細部にわたる。この部屋は内装を中国風に統一。医療機器を使わない間は、造作家具の中に収納されている。最上級の病室は3部屋で、稼働率は20%という。
マウント・エリザベスは、東南アジアでは珍しい手術支援ロボット「ダビンチ」の運用実績が豊富。東南アジア地域では数少ないがん治療に用いる陽子線治療の設備など高度な医療を誇る。三井物産が病院の親会社の最大株主で、データ活用などデジタル投資で革新を進める。
海外からの患者はインドネシアやマレーシア、ベトナムなどの富裕層が中心だ。難しい外科手術や、がん治療などが主という。近隣の高級ホテルと提携し、家族も長期滞在できるプランが人気。「患者家族も長く過ごすため、高額消費を後押ししている」(米コンサルティング会社)
▽外交
シンガポールはコロナ禍前、海外から年間50万人が医療目的で訪れていたが、激減。マウント・エリザベス広報は「2020年と2021年はコロナ禍前に比べ80%減の水準だったが、2023年の収入はほぼ戻った」と明かした。
医療は外交でも活用される。シンガポール政府は昨秋、地域大国インドネシアの実力者、ルフット調整相を治療で招待するなどアジアの政治家の訪問も多い。
ただ医療観光ではタイやインドなど周辺国との競争が激化している。シンガポール政府は視野を広げ、健康面、精神面でより良く生きる「ウェルネス」を観光の柱に据える戦略を描く。政府観光局のオン・リンリー氏は「観光客でも出張者でも、旅程の中でウェルネスを楽しめる企画や商品を提供していく」と説明した。