論文数の激減が示す科学技術力の低下
かつての日本企業は、企業内で研究をしながら博士論文を書いて学位を取る社員をサポートしてきた。2014年に青色発光ダイオードでノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏、2019年にノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰氏は、そんな論文博士である。
しかし、いまや企業にそんな包容力はない。
国も企業も、そして大学自らも高等教育を軽視してきた結果、この国はどうなったか? 論文数が激減して、科学技術力が大幅に低下してしまった。
文部科学省が所管する科学技術・学術政策研究所(NISTEP)がまとめた報告書「科学技術指標2022」によると、日本は1980年代から2000年代初頭までは論文数のシェアを伸ばし、英国やドイツを抜かし、一時は世界第2位まで上りつめた。ところが、最新のデータでは、1位中国、2位アメリカ、3位ドイツ、4位インドに次ぐ5位に転落している。
米クラリベイト・アナリティクスが提供するオンライン学術データベースである「Web of Science」のデータによると、日本の学術論文数は2005年に比べて2015年には約600件減少し、世界の論文に占めるシェアは8.4%から5.2%に低下した。
世界人材ランキングで後方43位に転落
論文数の低下より深刻なのは、人材の劣化だろう。
スイスのビジネススクールIMDによる「世界人材ランキング2023」(World Talent Ranking)によると、日本は、調査対象の64カ国・地域のうち43位で、後方グループまで転落してしまった。
「語学力」や「上級管理職の国際経験」「人材の確保と定着」「外国人材に日本を魅力的に感じてもらえているか」「女性労働力」などに対する評価が低いううえ、「GDP比で見た教育投資」の少なさも、ランキング低下の大きな要因だ。
ちなみに、ランキングトップ10は以下のとおりで、上位は欧州諸国が独占している。アジアではシンガポールがトップ10に入っているだけで、日本は34位の韓国、41位の中国にも敗けている。
ちなみに、トップ10以下では、ドイツが12位、アメリカが15位である。
[世界人材ランキング、トップ10]
1位スイス、2位ルクセンブルグ、3位アイスランド、4位ベルギー、5位オランダ、6位フィンランド、7位デンマーク、8位シンガポール、9位オーストリア、10 位スウェーデン
高等教育はもちろん初等教育から変えるべき
そもそも、高度人材不足が深刻だというのに、企業も国も博士号の価値を認めない現状は、私には理解しがたい。もう何年も前から「教育改革」が叫ばれているのに、9月入学すら実行されないのも信じがたい。
「英語教育の早期化」「アクティブ・ラーニング」「総合学習」など、いろいろな改革ワードが飛び交ってきたが、そのどれもが中途半端だ。とくにプログラミング教育は2020年度より必修化されたが、それはプログラミングという教科ができたのではなく、各教科のなかで「プログラミング的思考」を育成するというのだから、本当にわけがわからない。
このように見てくると、高等教育の改革は待ったなしだが、初等、中等教育から始めて教育そのもの全体を変えていくほかないと思う。
少子化による人口減少が著しいこの国は、生産性を高め、それによって高所得を達成しなければ、もうやっていけないところにきている。このまま、低学歴で低賃金に甘んじていれば、ますます貧しくなっていく。
ひと言で言えば、いまの日本の教育は時代に合っていない。そのため、このなかで育っていく子供たちを不幸にするだけである。子供たちをなんとしても救わなければならない。自立して生活力がある、誇り高き日本人を1人でも多く育てなければ、日本に未来はない。 (了)
【読者のみなさまへ】本コラムに対する問い合わせ、ご意見、ご要望は、
私のメールアドレスまでお寄せください→ junpay0801@gmail.com
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。