第11回 小西一禎の日米見聞録 桜と入学式が醸し出す親和性


第11回 小西一禎の日米見聞録

桜と入学式が醸し出す親和性

例年より桜の開花が遅れた首都圏では、ピカピカのランドセルを背負った新一年生が保護者と手を繋ぎ、満開の桜の下で入学式に臨む姿が見られた。米国在住中、長期の夏休みを境に年度が変わるゆ宿題が出ない「ロングバケーション」を楽しむ我が子を見て、9月入学の合理性に感心したものだが、桜と入学式が醸し出す親和性の高さに、日本ならではの風情を実感した。

さて、前回の「令和のリアルな帰国子女受験」は多くの人に読まれて嬉しい限りだ。教育特集の今回は、うち一家族の「その後」を紹介するとともに、夫の米国赴任に同行した妻が挑む大人の学び事情を取り上げる。

 

寂しさ隠せず、増やす一時帰国

「もう15歳とはいえ、まだ15歳。過保護と思われるかもしれないが、3年早く親元を離れることになったので、米国からでも、できる限り手を差し伸べる」。帰国子女受験に踏み切った長女が無事に高校の合格を勝ち取った谷岡明日香さん(仮名)=米国在住=は、2年間に渡った受験戦争を振り返り、ホッとしながらも寂しさを隠せない。そんな中でも、日本での新たな生活に向けた準備に忙殺された。

入学手続きや制服の寸法をはじめ、住民票提出、スマホ契約、銀行口座の開設、家具や電化製品の準備。そして、何よりも慎重に慎重を重ねて、時間をかけたのは、一人暮らしを送るための住居の確保だった。

「3月になると、新大学生が一斉に探し始めるため、2月中に決める必要があった」として、学校からの距離、周辺の治安、1日2食の提供などを見極めた末、寮母さんがいる学生用アパートに落ち着いた。トイレ、シャワーも共同ではなく、個室内にあるホテル仕様。女子高校生の一人暮らしを考えると、セキュリティーを最重視した。約7年ぶりとなる日本での生活は、初めての一人暮らし。スマホのグーグルマップを使えば、乗り換えも十分にできる時代。とはいえ、米国とはかなり異なる日本のゴミ分別については、事細かに教えたという。

谷岡さんは、受験を通じて得られた教訓として、子どもが力を出し切るために親ができることは、メンタル面の全面支援と日程管理を挙げる。「第一志望校が不合格となった直後、『もう(他の学校は)受けたくない』と相当落ち込んでいた。しかし、入試日程は動かせない。声を掛けて励まし、何とか乗り切ってくれた。そんな娘が誇らしい」と述懐しつつ「同じレベルの学力を持つ子たちが集まる中で、挫折も覚えることだろう」と厳しさを指摘。これまで以上に、一時帰国の回数を増やす意向だ。

 

500ページの原書購読

夫の米国赴任に伴い、日本で働いていた会社を休職し、東海岸で暮らす浜田麗子さん(仮名)。毎朝、長女が乗るスクールバスを見送った直後から、所属する大学院修士課程の課題に全力で取り組む。講義準備のため、通常でも一週間で200~300ページ、多い時は500ページを超える英語の原書を読む必要があるという。ここ10年間、英語で仕事をこなしていたものの、ネイティブのように斜め読みができず、全てのページを読まざるを得ない。

渡米にあたり、現地就労も模索したが、叶わなかったため、休職を選択した。「(夫の赴任予定の)2年間、何もしないとなると、キャリアが完全に途絶えてしまう。でも、修士を取っていれば、空白にはならない。同行したことは、マイナスどころかプラスになる」。自腹を余儀なくされる年間6万ドルに上る学費こそネックだったが、奨学金を獲得できた上、帰国後数年間で十分取り戻せるとの判断があった。

キャンパスに通うのは、週2回の夜。その日は、夫が早めに帰宅し、在宅勤務の傍ら長女の面倒を見る。夫の仕事との兼ね合いで、浜田さんは複数回にわたり転職を強いられた。「夫には申し訳ないっていう気持ちがあったようだ。確かにお金はかかるけど、今後の投資として考えようということで、全く反対がなかった」として、バックアップ体制は盤石だ。

かけがえのない、初めての海外生活。課題に追われて、旅行に行くこともままならない。とはいえ、これまでの仕事で携わってきた国際関係や国際政治について、あらためて学問として捉え直す日々は極めて充実している。

帯同期間について「家のことをやらなきゃ、って言っても、大変なのは、引っ越し直後の1、2か月ぐらい。(学校に行く)子どもとずっと一緒にいるわけでもないし、突然与えられた自分だけの時間みたいなもの」と強調。仮に、大学院に行かなかったら、PTA活動に取り組み、他の保護者らとの交流を通じて、米国の文化や慣習を深く知る機会にしたかった。ただ「何もしない2年間も考えなくはなかったが、やっぱりあり得なかった」として、機会の最大化を図る。

 

小西 一禎(こにし・かずよし)
ジャーナリスト。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初取得、妻・二児とともにニュージャージー州フォートリーに移住。在米中退社。21年帰国。コロンビア大東アジア研究所客員研究員を歴任。駐在員の夫「駐夫」として、各メディアに多数寄稿。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『妻に稼がれる夫のジレンマ~共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)、『猪木道~政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実』(河出書房新社)。

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