3:メグ・ウエブスター展
デルシー・モレロス(Delcy Morelos)展 (ディア・チェルシーで7月20日まで)
メグ・ウェブスター(Meg Webster)展(ディア・ビーコンで長期)
ナビスコのパッケージ印刷工場を改修してオープンしたディア・ビーコンでは、メグ・ウェブスターMeg Webster (1944-) の、1986~90年に制作された9作品が長期展示されている。彼女はサンフルランシスコ出身の彫刻家、インスタレーション作家で、長年イースト・ヴィレッジに住んでいる。ヴァージニア州オールド・ドミニオン大学で美術学士号(BFA)を、1983年にはイェール大学で美術学修士号(MFA) を取得した。イエールでは、ミニマル・アートの先駆的作家といわれるドナルド・ジャッドDonald Juddや彫刻家/映像作家のリチャード・セラRichard Serra (1930-2024)の下で学んだ。ニューヨークでの最初の展示会は1984年セラのスタジオだった。マイケル・ハイザーMichael Heizerのアシスタントも務めていた。
展示スペースには、土、枝、塩、蜜蠟[みつろう、bees wax]、苔等、天然の素材をそのまま使った幾何学的な立体作品(幅 約1.8~6メートル、高さ約0.6~2.4メートル)が広々と置かれている。約87メートルもの屋外に面した長い窓を持つ展示空間は、ランド・アート作家にとって最高のスペースである。窓の外は自然そのものだ。美術館の他のスペースに展示されている作品の多くは産業資材を使用している。展示作家の中には、ウェブスターの良き師、メンターであるリチャード・セラ、マイケル・ハイザー、ドナルド・ジャッドも含まれている。彼女の作品は彼等への敬意を込めたオマージュでもある。蜜蝋で制作された『Wall of Beeswax』は、リチャード・セラの巨大な鉄板を丸く曲げた作品を思わせるし、枝を束ねて制作された『Stick Spiral』はロバート・スミッソンがユタ州グレート・ソルト湖に設置した『スパイラル・ジェティ』を枝の束で創作している。男性作家が作品に使用している素材と真逆の、近くで手に入る分かりやすい素材を使っている。彼女は、人二人が入れる空間で素材とのつながりを感じて欲しい、と語っている。天然の素材を最も自然な状態で使うことで、素材そのものと視覚的につながり、意図的にではなく、ごく自然に感じて欲しいという(2024年2月のニューヨーク・タイムズ紙の記事より)。彼女の作品群は、シンプルで、気品がある。
90年以後の数々の作品は「環境保護者の強い要望に導かれる自然界を祝福する」庭とそのエコシステム、そして人間の行動に起因する温暖化の課題を作品で追及している。庭園をテーマにした作品は、1998・2013年にクィーンズにあるMoMA PS1で、2013年に堂島リバービエンナーレ、2018年にニューヨーク市郊外のストーム・キング・アートセンター、2021年にガバナーズ・アイランドLMCCアートセンター等で制作された。ストーム・キングでは、農学者や大型ソーラーパネルメーカーと連携して地元の花や植物を植えた持続可能(サステイナブル)な庭を作った。作品は自然庭園なので、変化して長持ちしないことがある。ウェブスターは、永続的ではなく束の間の作品であっても良いと思う、と語っている(2023年7月メイン州オガンキット・アメリカン・アート・ミュージアムOgunquit Museum of American Art でのギャラリートーク)。ここに展示された、ここだけに特定した「サイト」概念の作品は、彼女の作品を扱っているニューヨークのポーラ・クーパー・ギャラリーPaula Cooper Galleryとのコラボによる。
ウェブスターは、この同じギャラリートークで、石、苔、池、鯉の使用についても話している。私は即、日本庭園のことを言っているのだと思ったが、庭園の伝統は日本に限ったものではない。現代の温暖化、持続可能性、エコシステム等を含む環境問題を、アートの一部として取り上げることは、自然が絶滅の危機に面していることを考えさせてくれる。ウェブスター は貯水地帯も作品の課題にしている。伝統的な庭園には、まだそのような考慮がなかった。
この続きは5月20日(月)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
アートのパワーの全連載はこちらでお読みいただけます
文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)
アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。