津山恵子のニューヨーク・リポートVol.33
実話のアジア系差別、オペラに
いじめ苦に自殺した兵士の物語
2011年、米陸軍のダニー・チェン2等兵(19)がアフガニスタンで銃による自殺を遂げたニュースはよく覚えている。チェンは、ニューヨークのチャイナタウン生まれアメリカ人。しかし、中国系であることを理由に部隊内で執拗ないじめにあった。当局は、白人上官ら8人を過失致死の疑いで訴追した。
記憶に残っていたのは、記事に出ていたチェンの端正な顔写真だ。陸軍ユニフォームを着て日に焼けたチェンは、私にとっては少しアジア系離れしたイケメンなのだが、実はこの顔がいじめの原因となった。米軍内で長く続く人種差別といじめ、虐待の矛先が、アジア系にも向かっていたことを知り、ショックだった。
このニュースが、実話に基づくショートオペラ「An American Soldier」となり、5月12日ニューヨークプレミアを果たした(初演はワシントンで14年)。
オペラは、軍事法廷における上官や部隊同僚、母親の証言でチェンが駆け抜けた短い人生が浮き彫りになる。大学に行けた成績だったのにもかかわらず、「アメリカに身を捧げたい」という熱い思いから、母親の反対を押し切り高卒で志願、入隊した。
しかし、駐アフガニスタンの部隊では、上官が「チンチョン(アジア系、特に中国人の蔑称)」「(米国の脅威である)中国から来たんだろう」と怒鳴り上げる。不当な罰を繰り返し受けた上、自殺への引き金となる事件が起きた。
ある日上官は、チェンに対して部下に「テントを組み立てる」ように中国語で命令せよと強制する。チェンは苦悩の末、それに従うが、中国語を理解できない部下は鼻で笑いチェンの命令に従わなかった。チェンは直後、銃で自殺を遂げた。19歳だった。
チェンの死は11年で、陸軍部隊内の出来事だった。市中でもアジア系に対するヘイト発言や犯罪は、20年のコロナ禍とその後、急増した。
チェンが生まれ、懐かしがったチャイナタウンからわずか数ブロック内に建てられた新しいペレルマン・パフォーミング・アーツ・センターのホールは、アジア系の若い人が目立った。彼らがどんな思いで、An American Soldierを観たのだろうか。
私は日本人だが、アメリカではアジア人だ。日本人と分かってくれれば、アニメや漫画、特殊な伝統文化のおかげですぐに会話が弾む。しかし、日本人と知らなければ、アジア人であり、アメリカにおける人種差別やヘイト犯罪の対象である。これは現実だ。
オペラではマイノリティ女性兵士が、上官による性的暴行を恐れ、チェンをかばえなかったと歌う場面もある。白人男性を頂点とする人種やジェンダーの「階層」を思い知らされる。
この現実を、An American Soldierというオペラとして分かりやすく表現したアメリカのアーティストらの力量には感動した。
(津山恵子、取材協力 小林伸太郎)
津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。専修大文学部「ウェブジャーナリズム論」講師。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。