津山恵子のニューヨーク・リポートVol.36 大統領は、罪から逃れられる? 司法トップがトランプ氏に「有利」な判断

 

津山恵子のニューヨーク・リポートVol.36

大統領は、罪から逃れられる?
司法トップがトランプ氏に「有利」な判断

 

「今や大統領は法の上に立つ王となった」―。今月1日、おそらくアメリカの法律の専門家がそろって目を丸くする出来事が起きた。  

連邦最高裁判所は1日、ドナルド・トランプ前大統領を含む歴代大統領について、刑事責任が「部分的に」免責されるとの判断を示した。刑事責任というのは、裁判で有罪となれば禁錮刑を含む刑罰が下る。「何人(なにびと)も法の下では平等(No one is above the law)」と、アメリカは法治国家であることを自認してきた。しかし、トランプ氏は大統領時代の一部の刑事責任から逃れることができるという判断だ。なんと「法の上に立った」「法の下の不平等がある」ことになる。  

具体的に、何が免責されるのか。トランプ氏は2021年1月6日、連邦議会議事堂を支持者が襲撃するのを扇動したとして、検察に追及されている。トランプ氏が当日、ホワイトハウス前の集会でした発言やツイートを証拠として挙げている。しかし、連邦最高裁は今回、前大統領の演説とSNS上の活動はすべて公的行為で、罪の証拠にはならないとした。「公的行為」とみなされれば、免責されるのだ。  

ただし、トランプ氏が20年大統領選挙の結果を覆すため、州当局などに「不正に奪われた票を探せ」などと圧力をかけたのは、「公的行為」にあたるのかどうか、最高裁は判断を避けた。「公的ではない行為」に関しては免責されないということで今後、下級裁判所が判断することになる。  

アメリカの裁判所のトップ、連邦最高裁は、大統領選で共和党候補となることが確実とされるトランプ氏に、大きな法的勝利を与えた。免責を支持したのは、保守派判事6人、このうち3人はトランプ氏が大統領時代指名している。まるで、トランプ氏の再選を支えるために、最高裁に刺客を3人送り込んだようにも見えてしまう。  

大統領経験者は刑事責任を免れ得ると連邦最高裁が判断したのは、米史上初めてだ。しかもトランプ前大統領は、刑事訴追を受けた初の米大統領、「被告」でもある。  

リベラル派判事3人はこの判断に強く反対し、「私たちの民主主義への深い懸念」を表明した。冒頭の「今や大統領は法の上に立つ王となった」と言ったのは、ソニア・ソトマイヨール判事で、言い得て妙だ。  トランプ氏は、「私たちの憲法と民主主義にとって大きな勝利だ」と、自身のSNS、「Truth Social」に書き込んだ。  

しかし、連邦最高裁の今回の判断は、民主主義と法治国家を揺さぶるものだ。民主主義国に住んでいると思っていたら、いつの間にか事実に対する認識が一部の人の間で異なっていて、「分断」国家になってしまった。そして今回は、司法の最高機関が、これまでとは異なる事実認識を示した。アメリカに住む市民にとって、これほどショックなニュースは滅多にないだろう。

6月27日、初の大統領候補テレビ討論会をバーで見守る人々
Photo Keiko Tsuyama

津山恵子 プロフィール
ジャーナリスト。専修大文学部「ウェブジャーナリズム論」講師。ザッカーバーグ・フェイスブックCEOやマララさんに単独インタビューし、アエラなどに執筆。共編著に「現代アメリカ政治とメディア」。長崎市平和特派員。元共同通信社記者。

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