Vol.72 第31代東京大学総長 藤井輝夫さん

 

第31代東京大学総長 藤井輝夫さん

 

「世界の誰もが来たくなる大学」目指しグローバル化
Diversity&Inclusionの深い浸透も目標 

大学は「学ぶ場」というだけでなく、将来をデザインしてイノベーションを起こし、世界とつながるグローバルな環境となることが期待されている。その意味で、藤井輝夫・東京大学総長は、「世界の誰もが来たくなる大学」を基本方針に盛り込み、国内外の学生を集めて英語で授業する新カレッジの構想などを進めている。

 

藤井 輝夫(Teruo Fujii)
1993年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了・博士(工学)、同生産技術研究所や理化学研究所での勤務を経て、2007年東京大学生産技術研究所教授、2015年同所長。2018年東京大学大学執行役・副学長、2019年同理事・副学長(財務、社会連携・産学官協創担当)を務め、2021年より同総長(現在に至る)。専門分野は応用マイクロ流体システム、海中工学。

東京大学に必要なグローバル化の姿、また例えばハーバード大学、オックスフォード大学といった目指す姿があるのか、お聞かせください。
藤井「手本としている特定の大学があるわけではありません。大学というのは、それぞれの国、地域、歴史の文脈の中にあり、東京大学でいえば、これまで日本の近代化を牽引してきたという姿があるわけです。国立大学として国民の負託を受けて教育と研究を行ってきた一方で、それを超えて、海外の私立大学のように自らの機能、活動を拡張しています。そのようななかで、グローバル化は重要です。なぜなら、学術の世界はグローバルに繋がり、学問を追究するには様々な背景からの視点が必要とされているためです」

―世界との交流という点ではどうでしょう。
「学生の教育、人材育成という観点でも重要です。留学生の割合は、大学院は3割ですが、学部は2%程度で、学部をいかにグローバル化していくかは大きな課題です。日本の文化などを理解し、その良さを感じてくれた留学生が日本社会で、あるいは海外でも活躍してくれることを期待します。日本は超高齢社会と言われて久しく、海外から日本に来た意欲ある優秀な人が学ぶことができる場所と環境を東大の中に作ることは、日本人学生にとっても大事なことです」

―具体的な取り組みはありますか。
「今年2月、College of Design(仮称、以下CoD)構想を発表しました。社会システムの変革までをも含む広い意味での「デザイン」を核に、現代の複雑な課題に取り組み、future societyをデザインする力を持った人材の輩出を目指す新課程です。CoDのカリキュラムは人文学、社会科学、自然科学、工学などの分野をまたぐ学際的な柱(Interdisciplinary Pillars)に基づいて構成されます。学修一貫の5年制の課程で、国内外から広く学生を集めるため、秋季入学を導入、授業等は全て英語で行われます。グローバル入試を実施し、従来の大学入試にとらわれない新しい選抜方法で多様性を確保します。さまざまな分野でのイノベーションを通じて、現代と未来の社会変革を推進する次世代のリーダーとクリエーターを育成します」

―グローバル化に関連し、ニューヨーク日本人コミュニティに期待されている点は。
台「アジアの外では、ニューヨークは卒業生が最も多い都市の一つです。2007年にはFriends of UTokyo, Inc(FUTI、東大友の会)が創設され、非営利慈善団体としてニューヨーク州に登録されています。ニューヨークに限らず、サンフランシスコやシリコンバレー、ワシントンDCなど全米各地の卒業生にも諮問委員として携わっていただいています。米国の大学へ東大生や東大卒業生が留学するための支援や、米大学生が東大におけるサマープログラム等に参加する機会を提供しています」 「ニューヨークほか米国で学んだ生徒を受け入れる仕組みとしても、CoDが機能することを期待しています」

―総長は、Diversity and Inclusion(D&I)というテーマにも積極的に取り組んでおられます。
「D&Iを中心テーマとして大学全体で取り組むため、いくつかのプロジェクトを展開しています。効果はすぐに出るものではありませんが、学内でD&Iの意識の共有が進んできていると感じます。21年に発表した東京大学の基本指針『UTokyo Compass』においては、『世界のだれもが来たくなる大学』の実現を基本理念の一つとして掲げています。これを推進するため、昨年4月にはグローバル教育センター(GloBE)を、また今年4月には、多様性包摂共創センター(IncluDE)を設置しました。IncluDEには研究部門と実践部門があり、ジェンダーや障害に関する教育・研修プログラムの実施等を含め、研究と実践を通じて、インクルーシブなキャンパス文化を醸成します。この先にグローバルな多様性を目指すCoDが位置付けられていくという狙いです」

―学生の意識も変化していますか。
「D&Iやバリアフリーについて学生の理解は広がりつつあると思います。当事者もいます。私たちが引き続き注力すべきなのは、ボリュームゾーンである当事者ではないマジョリティの学生への浸透です。マジョリティの意識を変化させていくこと、また意識するだけでは足りないと伝えていくことが重要だと考えています」

―最後に海外における研究の実例を教えてください。
「例えば『ソンマ・ヴェスヴィアーナ発掘調査プロジェクト』では、イタリア・ヴェスヴィオ山の噴火によって埋没したローマ時代の遺跡発掘調査を02年から20年以上にわたり継続して行っています」 「また、最近の話ですと、南米チリにこの4月、東京大学アタカマ天文台(TAO)の望遠鏡サイトが完成しました。標高5640メートルのチャナントール山頂にあり、世界一高い天文台としてギネスブックから認定されています。ダークエネルギーや銀河・惑星系の起源の謎など天文学の最新トピックス解明のため、世界最高水準の口径6.5mの赤外線望遠鏡による観測を来年から開始する予定です」 「グローバル化という文脈で言えば、海外の研究コミュニティとどうつながっていくのかが大切です。最近は共同研究を行うラボを海外の研究機関に設置する取組みを進めています。論文を読む、メールでやり取りする、ということは日本にいてもできますが、現地に長期間滞在し、研究コミュニティと直に接して、ともに研究を進めていくことは何にも代えられません。情報の伝わるスピードとその共有の度合いが全く違います。その意味で、海外における研究環境を今後いっそう増やしていきたいと考えています」 (文・写真 津山恵子)

 

産学連携を目指す東京大学ニューヨークオフィス(NYO)で6月14日、卒業生らと交流する藤井総長(東大提供)