この記事の初出は2024年6月11日
温暖化レベルが2度を超えると影響大
世界中の多くのメディアで、「ワイン危機」の報道がなされているが、日本では数少ない。そんななかで、最近、特筆できるのが、「WIERED」の記事。日本語版の『気候変動の影響で、“いつものワイン”が姿を消す? 猛暑と干ばつへの適応を迫られる生産者たち』(2024.03.27)である。
この記事をもとにして、以下、いま世界のワインがどんな状況にあるのか、その問題点をまとめてみたい。
この記事の出発点にあるのは、ウェブメディア「Nature Reviews Earth and Environmental」に掲載された研究論文。執筆者は、フランスの国立学術研究機関「ボルドー・サイエンス・アグロ」のコーネリス・ファン・レーウェン教授やグレッグ・ガンベッタ教授などだ。
論文の主旨は、「気候変動により、世界のワイン産地の最大70%がブドウ栽培に適さなくなる可能性がある」というもので、そのポイントをまとめると、次のようになる。
◯現在のワイン生産地域は主に中緯度に位置しているが、収穫量、ブドウの組成、ワインの品質が気候変動の影響を受けて、地理的分布が変化している。
◯気温の上昇によって英国南部のような新たな産地が開拓されつつあり、ワイン生産は一般的により涼しい高緯度・高地へと移っている。
◯パリ協定が定めた目標温度の2度を超すと、現在の生産地域の49〜70%がワイン生産に適さなくなるリスクが極めて高い。生産地域の29%が熱波や干ばつによって高級ワインの生産ができなくなる可能性がある。
◯今世紀末までにカリフォルニア州のワイン生産に適した土地の正味面積は最大50%減少する可能性がある。
◯欧州の伝統的なワイン産地においては、その適地は温暖化の程度によって20~70%減少する可能性がある。
◯オーストラリアでは、伝統的なブドウ畑の最大65%が不適地になる可能性がある。
◯一方、地球温暖化レベルが2度未満であれば、伝統的なブドウ園の半分以上が安全な基準とみなせる。
昼は暖かくて夜は涼しい気候が最適
ワイン造りに適するブドウ樹は、気候の変化に非常にデリケートと言われる。そのため、ブドウ樹栽培の適地は、昼は暖かくて夜は涼しい、ブドウを温めたり冷やしたりする条件が整っていることが重要になる。
UCデービスの生態学者のエリザベス・フォレステル氏は、「WIERED」の記事中で次のように語っている。
「(温暖化により)実際のところ、昼より夜の気温の温度上昇が早く進んでいます」「夜になっても果実は冷えません。そして日中の気温が理想的な温度を超えると、ブドウの果実内の重要な成分の多くが劣化してしまうことになります」
干ばつが発生していない場合でも、気温が高いほどブドウ樹からより多くの水分が失われる。その結果として、ブドウの収穫量が減る。つまり、実際に干ばつが起これば、ブドウの収穫量は激減することになる。
また、その逆で、温暖化による集中豪雨などで水分の供給が過剰になっても、ブドウ樹は大きなダメージを受ける。洪水などはブドウ樹の大敵だ。
ただし、ブドウ樹は思われているほど軟弱ではなく、干ばつが来てもわずかな水分で乗り切れる。多少の乾燥では枯れないという。
温暖化によってワインの品質は変わるのか?
エリザベス・フォレステル氏は、さらに次のように述べている。
「果実の成熟期に糖分を蓄積させ、二次化合物のアントシアニンやタンニンなどを理想的な量まで増加させるためには、ある程度の気温の高さが必要になります」
つまり、温暖化による気温上昇は、それだけなら大きな問題にはならないと言う。
彼女は、「酔うことが目的でワインを飲む人には、温暖化は歓迎かもしれない」とも。なぜなら、高温によってブドウの果実は乾燥し、糖分が濃縮されるからだ。すると、アルコールの濃度が増し、コストパフォーマンスの高いワインができる。個人的に言えば、フルボディ好きの私にとって、これは歓迎である。
しかし、先の論文執筆者の1人、グレッグ・ガンベッタ教授は、やはり、温暖化はよくないと言う。
「常に一定の特徴を維持してきた産地の場合、そのワインを変えてしまうことになるからです」
気温が高くなると、「ブドウは感覚科学者の間で『加熱された』と表現されるような、よりジャムのような、あるいは加熱調理された果実のような特徴に近寄る傾向があります」と、ガンベッタ教授。
「これはいいことかもしれません。そのようなワインが好きな人には問題のないことですから」
しかし、あるときから、たとえばボルドーワインの最高格付けである「シャトー・マルゴー」の味わいが大きく変わってしまえば、それは「シャトー・マルゴー」ではなくなってしまう。
(つづく)
この続きは7月17日(水)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。
※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。