第81回ホイットニー・ビエンナーレ(上)Whitney Biennial:ホイットニー美術館にて8月11日まで開催

ニキータ・ゲイルNikita Gale (b. 1983)
『Tempo Rubato (Stolen Time) 』 2023-24
改造自動ピアノ、音響、LED照明システム

 

隔年開催されるホイットニー・ビエンナーレは、アメリカ現代美術の全体像を把握することを目的とするサーベイ展示会である。アメリカ最古の芸術祭で、今年が81回目。今回のテーマは、「本物よりも、もっといいBetter Than the Real Thing」(アイルランドのロックバンド U2の1991年アルバム『アクトン・ベイビー』に収録された楽曲名)。  

同展を企画した二人の女性学芸員は、人工知能(AI) によって何が本物なのかわからなくなってきている現代社会に焦点を当てた。長い歴史の中で社会の主流とみなされない人々は「人間以下subhuman」で「実在しないものless than real」と扱われてきた。こうした先人の遺物(レガシー)に向き合っているアーティストの声―個人のアイデンティティ表現は時間の経過とともに変化する―を提供することがこの展覧会の狙いだと説明している。イギリス出身のクリッシー・アイルズCrissie Iles は1997年から同美術館の映像・動画担当学芸員を務めながら絵画や彫刻作品の購入に携わっている。メグ・オンリMeg Onli はロス在住の独立学芸員で、主にブラック・アートにテーマを絞っており、フィラデルフィアにあるペンシルバニア大学現代美術研究所(ICA)の学芸員を務めたこともある。60代のアイルスと30代のオンリはそれぞれの世代の視点を代表しており、この異なる世代の二人が「素晴らしい化学反応great chemistry」を起こした、とホイットニー美術館の館長は語っている 。  

選ばれた69名のアーティストと2つのアート集団(コレクティブ)は、年齢でみると60%がミレニアル世代(1981~1996年生まれ)で、中でも1990年生まれが一番多く、全体的に若い世代からなる。アメリカ人アーティストが殆どであった過去に比べ、今回参加したアメリカ出身者は53%。出身国は様々だが、60%以上がアメリカ在住者。在住地はロスが一番多く、次がニューヨーク。64.5%は大学院で芸術修士号MFAを所得している。女性作家が41名で最も多く、19名がジェンダー代名詞をノンバイナリー(男女二択に囚われない)と答えている。  

21世紀も四半世期が過ぎようとしている今、テクノロジーを利用して自己の表現を追求する3人の作家の作品に目を向けた。  

アラスカ州アンカレッジ生まれ、ロス在住のニキータ・ゲイルNikita Gale (b. 1983)のインスタレーション作品 『 テンポ・ルバート(盗まれた時間)Tempu Rubato (Stolen Time) 』 (2023-24)は、照明が劇的に変化する一部屋に何の変哲もないグランドピアノが置かれている。自動ピアノなので鍵盤が勝手に動いている。一瞬昔ながらの自動ピアノを思い浮かべるが、聞こえてくるのは曲ではなく、音響・照明システムによって増幅された鍵盤の動きで発せられる機械的な音だけだ。ゲールによると、作品の題名は「楽譜を解釈する演奏者の表現上の自由を表す音楽用語で、楽譜と演奏者の間の空間を認識する形を表す」。ゲールは著作権関連弁護士や技術者と連携し、ピアノの機械仕掛けで発せられる音が演奏している曲として法的に認められるのか、機械的なジェスチャー(見せかけの動き)だけで演奏を特定できるのか、作曲家と関わりがあるのか、等の疑問を投げかけている。ネット上での知的所有権、クリエーターが何をどこまで所有できるのか、が問われる現代に相応しい作品だと思う。  

ゲールはイェール大学で人類学を学び、UCLA芸術学部でニュージャンルを専攻し、MFAを取得した。ウェブサイトによると、彼女の活動は「沈黙、ノイズ、可視性が政治的な立場や条件として機能する方法を検証する」。バラエティに富んだインスタレーションは、形式と分野の境界を曖昧にし、現代のパフォーマンスにおける媒介(二つのものの間にあって、両者の関係のなかだちをするもの)と自動化(人間による作業を削減できるテクノロジーを使ってタスクを実行すること)に関する懸念に取り組んでいる。現代アートの領域について考えさせてくれる作品を、カリフォルニア・アフリカ系アメリカ人博物館、MoMA PS 1 (NY)、ハーレム・スタジオ美術館等で発表している。

この続きは7月26日(金)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。

アートのパワーの全連載はこちらでお読みいただけます

文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

タグ :