デジタル化でプライバシーはほぼゼロ 北欧の福祉国家の国民は本当に幸せなのか? (下)

この記事の初出は2024年6月11日

デジタル福祉国家は監視国家に変わった?

 デンマークが、世界でも有数の福祉国家であることはよく知られている。その福祉を支えているのがCPRナンバー制度によるデジタルガバメントだが、これが行きすぎて「監視国家」になってしまったという指摘がある。
 「WIERED」(2023年5月)の記事は、『かつて福祉大国だったデンマークはなぜ悪夢のような監視国家に変わったのか』というタイトルで、次のような状況を伝えている。
 デンマークでは、生活保護や給金の不正受給を防止するため、公益局のデータマイニング部門に、大規模な不正検出システムを構築した。そうして、アクセス可能な国民のデータ、たとえば住居、所有するクルマ、人間関係、収入、雇用主、納税状況、旅行、市民権などをチェックできるようにした。
 「WIERED」が入手した公益局の文書によると、なんと、給付金受給者の婚姻状況、婚姻期間、同居人、住居の広さ、収入、外国居住歴、公益局との通話記録、子どもたちがデンマークで暮らしているかなども追跡。さらに、「推定パートナー」という項目もあり、これは独身のほうが給付金が多いことを理由に、パートナーの存在を隠している人間がいるということで項目入りしているという。
 「WIRED」記事は、「夜にベッドをともにする人物にいたるまで情報を集めている」と述べている。
 こうなると、中国も顔負けの「監視国家」である。中国には戸籍制度があり、ここに学校の成績から雇用歴などが結びつけられ、さらに芝麻信用などのクレジットスコア、そこら中に張り巡らされた監視カメラなどにより、国民のプライバシーはほぼゼロである。中国全人民のデータベースはすでに完成している。
 中国とデンマークのデジタルガバメントが違うのは、その運営を民主政府がやっているか、独裁強権政府がやっているかの違いだけである。

スウェーデンも個人IDによるデジタル社会

 スウェーデン人も、全員、個人IDナンバーを持って暮らしている。この番号は、生まれると同時に、政府から付与される。そして、生涯にわたって、このIDナンバー1つで公共サービスを受けられる。
 デジタルガバメントとなった国なら、どこででもそうだが、IDナンバーの利便性がもっとも活かされるのが納税手続きである。スウェーデンではIDナンバーと銀行口座が紐づけられているので、納税はオンラインですぐできる。
 驚くのは、オンラインで、他人のほぼあらゆる個人情報にアクセス可能だということだ。
 たとえば、住所、年齢、誕生日、スマホのナンバー、職業、勤務先、同居人の名前など、自由に調べられる。また、税務署に出向けば、閲覧記録を残すだけで、他人の納税記録も見ることができる。つまり、誰がどれくらい稼いているか一目瞭然にわかるという。
 ちなみに、スウェーデンでは課税の対象は世帯ではなく個人である。

「スウェーデンにはカーテンがないんです」

 誰もが他人の個人情報を見られるということで、北欧諸国のなかでスウェーデンがもっともプライバシーのない社会と言える。他人がなにをしているか、ここまで筒抜けなのは、日本では考えられない。
 たとえば、スウェーデンで若い男女が出会った場合、相手がどんな属性の人間かはネット検索ですぐわかる。そのため、じょじょに相手のことを知って行くという恋愛のプロセスは、日本とは大きく違う。また、結婚詐欺などは成り立たない。
 いったいなぜ、スウェーデンはここまで行ってしまったのか?
 以前、スウェーデンのマイナンバー制度を取材したNHKの番組を見たとき、そのなかでインタビューに答えていた女性がこう言っていたのが印象に残っている。
「スウェーデンにはカーテンがないんです。カーテンで隠せば、なにかやましいことをしているのではないかと思われます。だからのぞくまでもなく、丸見えです」

この続きは7月26日(金)発行の本紙(メルマガ・アプリ・ウェブサイト)に掲載します。 

※本コラムは山田順の同名メールマガジンから本人の了承を得て転載しています。

 

山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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