第81回ホイットニー・ビエンナーレ(下)Whitney Biennial:ホイットニー美術館にて8月11日まで開催

ジェス・ファンJes Fan (b. 1990)
『Cross Section (Right Leg Muscle III) 』2023
ポリ乳酸(PLA)フィラメント、樹脂、顔料、ガラス

 

次の二人の作家は3Dプリンターを利用している。  

ジェス・ファンJes Fan はカナダ生まれ (b. 1990)、香港育ちで、現在はブルックリンと香港に在住する。ロード・アイランド・スクール・オブ・デザインで美術学士号BFAを取得。彼が学んだガラス吹き(製法)学部は、アイデアや概念を重視するコンセプチュアルなコースで知られている。作品は、CTスキャンした彼自身の内臓を3Dプリンターで成型したもので、その色彩はジンコウ(沈水香木)という香港のお香に使われる木に由来する。「香港は広東語でお香の港、ジンコウの木が多く生えている。ファンは自分でお香のコーンまで作っている」(Wallpaper, “Jes Fan” Oct. 6, 2022)。作品のキャプションによると「 樹木は感染したり傷ついたりすると、自らを癒すために樹脂を分泌する。これらの彫刻において、傷は存在の内面的な状態を象徴するものであ、クィア・ボディ(性別が出生時に割り当てられた性別と同じでない、あるいはしっくりこない人々)や有色人種の身体が負った目に見えない傷から何か尊いものが生み出されることを示唆している」。ファンは、生物学とアイデンティティの交差点を探求する学際的な活動により、生き物だけでなく、肌や髪の色を決めるメラニンやホルモンのような私たちが世界をどのように体験するかを形作る目に見えない物質も彫刻に取り込んでいる。ファンが問いかけている新鮮な表現、更に作品の美しさに深く感じ入った。  

第55回ヴェネチア・ビエンナーレ2022、MITアーツ・センター2022、等に出品、2022年にポロック・クラズナー財団奨学金、2023年香港のM+現代美術館からシグ賞を受賞している。  

3人目のクラリッサ・トッシンClarissa Tossin (b. 1973) は ブラジル生まれ、ロス在住。2000年ブラジル・サンパウロにあるFundação Armando Álvares Penteado (FAAP:1947年創立、 ブラジルで最も重要かつ尊敬されている学術機関のひとつ )で学士号を取得、2006年にロサンゼルスに移住し、2009年カリフォルニア芸術大学でMFAを取得した。  

トッシンは、映像『Before the Volcano Sings(火山が歌う前に)』(2022)で、複数の空間と時を横断するマヤの人々と文化の移動を追跡している。その側に3Dプリンターで作られた先コロンブス期のマヤの管楽器のレプリカが並べて展示されている。レプリカの楽器は壁に嵌め込められた窓のような棚に置かれている。古代の楽器が本来のあるべき状況から切り離され、博物館の収蔵品としてガラス越しに保管されているために使用できない。どんな音がする楽器なのかさえ分からない。これらのレプリカが映像内に登場し、音を奏でている。フルート奏者に管楽器の吹き方を学び客が入っていない大ホールでトッシンが演奏している。そこから背景はグアテマラ、そしてロスにあるジョン・ソウデン・ハウスに移動する。1926年フランク・ロイド・ライト Jr. が設計した1920-30年代人気だったマヤ・リバイバル様式の豪邸も、トッシンが言うには「先コロンブス期のメソアメリカのモチーフを出典などの言及がないまま使用した」ものである。ライトの アールデコスタイルの東京帝国ホテルはメソアメリカの階段型ピラミットの形を取っていた。これは100年前のエキゾチシズム(異国趣味)に沿ったものだ。トッシンは、異文化のイメージの出所を明確にし、敬意を払うことを課題にしている。  映像ではキチェ・カクチケルK’che ‘Kaqchiquel の詩人ロサ・チャベスRosa Chavez とイシルマヤIxil Maya のアーティスト、トヒル・フィデル・ブリト・ベルナルTohil Fidel Brito Bernalが、現代のマヤ文化が、再生と再創造の両方の手段によって活性化される方法を見せている。チャベスは長年、失われた言語であるマヤの象形文字の解読に尽力し、ベルナルは植民地化で抹消された先住民文化の象形文字を自分の作品に取り入れている。この映像の中でレプリカは再現され、失われた文化は再生される―「離散と伝統」を和解させようとしているテーマに触れることができる。彼女の共同研究に基づく実践は、場所、歴史、美学の交差点を探求するため、インスタレーション、彫刻、映像の要素を用いて作られた環境の中で別の(オルタナティブな)物語を発展させる。

クラリッサ・トッシンClarissa Tossin (b. 1973) 
『Ante de que los volcanes canten/Before the Volcanos Sing』 2022
3Dプリンターで作られたマヤの管楽器のレプリカ

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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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