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共同通信
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戦国時代に活躍した九鬼水軍発祥の地として知られる三重県尾鷲市九鬼町に、ひっそりとたたずむ古本屋がある。穏やかな水面が揺れる漁港から路地を進み、石畳の細い坂を上がった先、改装した古民家に、えりすぐった3千冊以上が並ぶ。屋号は「トンガ坂文庫」。週末中心の営業ながら、遠方からも多くの客が訪れる。(共同通信=吉田亜美)
長野県松本市出身の本沢結香さん(38)と東京都出身の豊田宙也さん(38)が2018年に開店。「トンガ」は地元の言葉で大風呂敷を広げる人を意味する。店名は「トンガな漁師たちが住んでいた」ことから、トンガ坂と呼ばれる店の前の通りにちなんだ。
本沢さんと豊田さんは大学卒業後、それぞれ都内で暮らしていた。本沢さんは東京のNPO法人が運営するプログラム、豊田さんは「地域おこし協力隊」で九鬼町を訪れ、魅力に取りつかれた。
海と山に囲まれ、県道から脇道に入ると、路地が迷路のように続く。昔ながらの漁村の風景―。本沢さんは「こんなところが本当にあって、人がずっと住んできたんだと感動した」と振り返る。
移住後、九鬼町には本屋が存在したことがないと知った豊田さん。「生活していくなら本屋がほしい。子どもたちにも、知らない世界と出合える場所があるといいんじゃないか」。本沢さんに声をかけ、開店を決めた。
木張りの店内には、絵本から学術書までさまざまなジャンルの本がそろう。特に人文哲学や芸術系の品ぞろえが豊富で、新刊の扱いも始めた。訪れる人の約半分は尾鷲から遠い県北部や近隣府県からだ。
「インターネットで本が買える時代に、わざわざ来てくれる人たちに応えたい」と本沢さん。豊田さんは「まちに興味を持った人が、もう少し路地の奥に入ってきてくれたら、なおうれしい」と笑った。