この記事の初出は2024年8月6日
いまや「スポーツ遺伝子検査」が当たり前に
しかし、人類の全ゲノム解析が終わり、遺伝子研究が進んだいま、もはやこのことは疑いようのない事実だ。
一般的に、学力などの能力は「遺伝50%、環境50%」とされているが、こと運動能力では「遺伝70%、環境30%」といったところが、最近の研究が示すところだ。
最近は、「スポーツ遺伝学」というジャンルもでき、運動能力をつかさどる遺伝子を「スポーツ遺伝子」と呼ぶようになった。
運動能力と遺伝子との関係が初めて論文で指摘されたのは、いまから20年以上前のこと。以来、研究者たちは運動能力をつかさどる遺伝子を見つけ、その作用を調べることに熱中してきた。
DNAの塩基配列には、同じ場所でも個人により異なる配列となっている部位があり、これを遺伝子多型と言う。たとえば、持久力に適した遺伝子ということで、見つけられたのが「ACE遺伝子」(アンギオテンシン変換酵素遺伝子)。この遺伝子には配列が違うものがあり、それにより持久力が異なるという。
そしていまや、「スポーツ遺伝子検査」が当たり前に行われるようになった。
この検査では、運動能力に関する3つの遺伝子を調べることができる。3つの遺伝子とは、前記した「ACE遺伝子」と「ACTN3遺伝子」「PPARGC1A遺伝子」で、それぞれが持つ運動能力に関する役割を判定できる。
一流アスリートは、ほぼ、この検査を受け、その結果を日頃のトレーニングに活かしている。
親から遺伝子を受け継いだ「二世選手」の活躍
今回のパリ五輪でも、親からスポーツ遺伝子を受け継いだ「二世選手」が大活躍している。前記した張本智和・美和きょうだいと同じく、きょうだいで出場した柔道の阿部一二三と詩(うた)きょうだいの父親は、かつて国体にも出場した元競泳選手である。
柔道の+90キロ級に出場した斎藤立(たつる)は、ロサンゼルスとソウルで「金」を獲った、あの柔道家、斎藤仁(故人)の次男だ、
アーティスティックスイミングのホープ比嘉もえの父親は、元プロ野球選手の比嘉寿光である。
さらに、バレーボールの石川祐希・真佑きょうだいの父親は元短距離選手、母親は元バスケットボール選手。同じくバレーの西田有志の父親は、元バスケットボール選手で実業団「東芝・名古屋」で大活躍した。
海外選手でもっとも印象的だったのは、女子サッカーのなでしこジャパンを華麗なロングシュートの一撃で破ったアメリカチームのトリニティー・ロドマンだ。彼女は、NBAシカゴ・ブルズなどでマイケル・ジョーダンなどとともに大活躍した名選手デニス・ロドマンの娘である。
五輪スポーツは遺伝子の戦いに変質
スポーツ科学、スポーツ医学なしでは、いまのスポーツは語れない。そして、スポーツ遺伝子の研究は、最近では、トレーニングばかりかドーピングにも応用されている。
要するに、科学的に肉体改造を図ることが、いまでは当たり前に行われるようになった。ドーピングは、クスリ(薬物)によって強健な肉体つくるために行われてきたが、最近では、「血液ドーピング」「遺伝子ドーピング」まである。
つまり、現代の五輪は、一般の人間が楽しんでいるスポーツをはるかに超えたところで成立している。このままいくと、五輪はますます「カネと遺伝子の祭典」になっていくだろう。
トップアスリートの世界は、もはや「努力」「根性」「がんばり」だけでは通用しない。そういう面だけをことさら強調する報道、テレビの実況中継は、こういう現実を無視しているの。
まだ、五輪は数日続く。はたして、パリ五輪は私たちになにをもたらすのか? よくよく考えてみるべきだろう。(了)
【読者のみなさまへ】本コラムに対する問い合わせ、ご意見、ご要望は、
私のメールアドレスまでお寄せください→ junpay0801@gmail.com
山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。