「より個人にフォーカスしたものに」
進化し続ける、帰国子女の教育環境
渋谷教育学園渋谷中学高等学校 校長
早稲田大学系属早稲田渋谷シンガポール校 副校長
高際伊都子さん
文部科学省が発表している学校基本調査によると、2022年度の帰国子女生徒数はおよそ10,000名となっている。日本以外の国で生活し、学校生活を送る子どもたちが帰国後どのような学習環境に身を置き、教育を受けるのかは非常に重要と考える。今回は、帰国子女受け入れ校として多くの学生、保護者から認知されている渋谷教育学園渋谷中学高等学校 校長 高際伊都子さんにお話をお伺いした。
Q. 子どもたちの海外生活経験というのは、親の仕事の影響による部分が大きいと思います。子どもが日本とは異なる環境で生活し、学校生活を送るなかで、親が注意することはありますか?また、多くの日本企業がグローバル人材の養成を必要としているなかで、企業の人事部の方々に対してご要望などはありますか?
現在の教育は、スキルとコンピテンシーの2つの要素が求められています。スキルは必要ですが、重視しすぎると弊害も生まれます。それぞれが異なる人材であることを認識し、大切にできる社会になればと思います。具体的には、大人として子どもの根をどこに下ろすのか(日本にかぎりませんが)を考えること、またその国(地域)でのリアルな経験を通じて子どもたち自身が自分の根っこを考える機会を設けることなどがあると思います。日々の生活を肯定的に捉えることは自分自身を肯定的にとらえることにつながるので、海外で暮らすことの良さを感じることができればよいと思っています。
Q. 現在海外で生活されている子どもたちに、貴重な海外生活時間を有効活用するための体験、習慣、心構えなどがあれば教えてください。また、今後の日本への帰国、受験を控えておられるお子さんをもつ親御さんに対してのアドバイスもあればお願いします。
楽しむこととその社会(学校)での経験を積むことでしょうか。感じたことや経験したことを言語化し、周りの人に伝えることができると、自分の過ごす時間が貴重だと思うことにつながります。家族や友人との対面でのコミュニケーションを大事にしてください。受験は、目的でもありますが、過程でもあります。特に小学生の場合は、成長の段階にあった勉強の方法や学校選びが大切ですので、お子様に向けては、あせらずに構えていただければと思います。コロナ禍を経て、現地での説明会も再開されていますので、そういった機会を活用いただければと思います。
渋谷教育学園渋谷中学高等学校での取り組み、
学習環境などについてお答えいただきました。
Q. 御校では、「国際人としての資質を養う」ということを教育目標の一つに掲げられておられますが、まず「国際人としての資質」とは、どのようにお考えでしょうか? また、「国際的視野をもつ人間」として求められる要素は、時代によって変わってきているのでしょうか? すでに多くの海外帰国生も受け入れられておられますが、これまで海外帰国生を受け入れることにより、御校内ではどのようなポジティブな影響があったとお考えでしょうか?
まず「国際人としての資質を養う」ということについてご説明いたします。 歴史的にみても、日本という国は海外との交流によって発展してきました。日本に限らず、自国の軸を持った上で、多様な人々と学びあい、共生できることが国際人の資質の基本だと考えています。また、国際化とは、ある意味『国境がある』時代の概念です。これからは、グローバル化、情報もお金も人間も世界規模で行き交って、国境がより見えにくく、複雑な世界が重なりあう時代になると思います。それだけに、求められる資質もより個人にフォーカスしたものになっていくのではないでしょうか。
学校においての国際化、グローバル化は、単に英語ができる生徒が多いということではなく、海外で多様な経験をしてきた人たちと、日本という軸を持って育ってきた人たちが互いに学び合える環境を整えるという良い影響につながっています。
Q. 「高い倫理感を育てる」も教育目標として掲げられていますが、今後さらに国際化、多様化がすすむなか、相手を理解するとともに、自分自身を伝えることも重要かと思います。今後、国際人になるうえで、まず日本人として意識しておくべき「高い倫理感」としてはどのようなものがあるとお考えでしょうか? 逆に、日本の習慣・教育上不足している点はいかがですか? (宗教、ジェンダーなどでしょうか?)
本校では生徒の自主性を重んじていますが、それは何をしても許されるということではありません。日本人としても社会の構成員としての責任を果たし、他者に配慮し、自ら自分の行動を律することが求められると思います。高い倫理感は、他者からの信頼を得るための基本的な考え方であり、多様性を受け止める感性もその中に含まれると思います。その上で変化する時代にあわせて、必要なルールは自分たちでつくっていく意識を持つことが大切だと感じています。これまでの日本の習慣は、主語があいまいでも互いに分かり合える社会で育まれてきました。教育すればなんでもわかるということでもないので、宗教やジェンダーに限らず、多様性に関しても、実際に接する経験が大切になると思います。
Q. 日本においては、ここ数十年だけでも、価値観や倫理感が大きく変化しているように思います。そのような変わりゆく倫理感に対して、日々の学校生活・授業のなかで、これまでどのように対応されてきたのでしょうか? また、今後は、生成AIに代表されるデジタル化が飛躍的に進展し、人間に求められる役割も変わってくるかと思いますが、時代の変化を受けて、御校における「自調自考」のあり方についても変化するとお考えでしょうか?
自調自考には、2つの意味があります。一つは、自分で調べ、自分で考えること。もう一つは、自分を調べ、自分を考えること、自己理解・自己認識です。人間は、一人ひとり異なる存在でありながら、社会という集団を作ってここまで発展してきました。自分自身を理解することは、特に思春期の生徒たちには難問です。自分がどのような個性をもち、それを発揮することで、社会へどのような貢献ができるのか、それを成し遂げるために、自分に必要なものは何かといったことまで、考えを巡らせることが大切になるからです。渋渋の学校生活では、授業だけでなく、学校での行事をとても大切にしています。一人ひとりが違う個性だからこそ、大きなパワーを発揮することができる経験を積んでほしいと思っています。自調自考は、成長のヒントになっていると思います。
Q. 御校卒業後に海外大学など、直接海外に行かれる生徒さんなどもいらっしゃるのでしょうか?また、どのようにグローバルに活躍されているかいくつか事例を聞かせてください。
高校卒業後、直接海外大学に進学する生徒は、毎年おおよそ卒業生の5%、人数にして10名前後です。進学先としては、アメリカが多いですが、イギリス、カナダ、オーストラリアなどの大学へ進学する生徒もいます。また卒業した大学が海外か国内かを問わず、卒業生は国内外で活躍し、その範囲もビジネスからアートまで幅広いものとなっています。大手企業に就職し、海外駐在をしているケースや海外大学で教員や研究員として働いているケースもあり、また海外の会社に直接雇用されて、働いているケースもあります。具体的にご紹介すると、2016年アメリカ・ニューヨーク近郊で設立されたOishii Farmの代表・古賀大貴さんは我が校の卒業生です。その他にも、日経新聞東アジア版の記者として活躍している方などもいらっしゃいます。
Q. 10年後の御校の学校生活、授業内容などを思い浮かべた際に、今と大きく変わっていることとしてはなにがあると思いますか?
生成AIを始めとする科学技術の進化によって、大きな影響を受けるのは、学ぶ内容だと思います。自分自身の考えと引用や参考文献を区別し、思考を深める内容に変化していくと思います。また使うツールが変化することで、学び方もそれに伴って、変化していくと考えています。学校は、社会の影響から無縁ではありませんが、自分の頭で考えること、創造性、想像性を育むことの大切さは残っていって欲しいと願っています。
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