アートのパワー 第41回 「高松次郎: 広がる世界」(下) チェルシーのペース・ギャラリー(Pace Gallery in Chelsea)にて 2024年11月2日まで開催

『ブラシの影 No. 178』 1967
油彩・木、65.1cm x 53.7 cm x 10.5 cm
No. 92535

 

読売新聞社主催の「読売アンデパンダン展」(1949-1963)は、年1回開催される無審査・無賞・自由出品を原則とする「パリ・アンデパンダン展」に倣った展覧会だった。1958年に東京芸術大学を卒業した高松は、反体制的な作家たちとともにこの展覧会に参加した。美術評論家の東野芳明は、これらの作家を従来の美術概念に反旗を翻す「反芸術 (Anti-Art)」 と位置づけた。 高松は当初、絵画部門に作品を出していたが、後に改めて彫刻部門に三次元的な作品を出品した。作品は「パフォーマンスと環境を媒介するもの」で、床面積を制限なく使ってしまうインスタレーションの設置が禁止されてしまった。1963年最後の読売アンデパンダン展で髙松は、白い布を背景に黒い紐を一本、美術館から最寄りの上野駅まで1000メートル伸ばした「カーテンに関する反実在性について」と題した「紐」シリーズの作品を発表した。

同年、高松は赤瀬川原平、中西夏之とグループ「ハイレッド・センター」を結成。グループ名は3人の苗字の頭文字をとって「高赤中」とした。最後の読売アンデパンダンでの高松の作品のように、彼らの作品は日常とアートの境界線を曖昧にしていった。3人は画家として活動を始めたが、日本社会の不条理や矛盾に対する意識を高めるために「直接行動」で日常に芸術を持ち込んだ。彼らの政治意識は、1960年の日米安保条約に反対する安保闘争に根ざしていた。また、「首都圏清掃整理促進運動」では、1964年の東京オリンピックを前に、街路の美化活動をあざ笑うかのように、アーティストとそのアシスタントたちが銀座の路上を全身白衣で清掃した。

1964年、高松は『影』シリーズの制作を開始。人の影を壁や凹凸のある画面、木片などに描き、だまし絵 (trompe l’oeil) のように見せる作品を作っていった。「影を(影だけを)人工的に作ることによって、ぼくはまず、この実体の世界の消却から始めました」と高松が語っている(高松次郎「不在性のために」)。大プリニウスやプラトンの『洞窟の寓話』にある絵画の起源のように、彼自身のアートの起源を〈影〉に見出したのだろうか。(大プリニウスの「博物誌」は、古代ギリシャの陶工の娘が、戦地に赴く恋人の影の輪郭をなぞったものが最初の絵と伝えている。)1968年、第33回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館に『影』作品を出品。1970年の大阪万博には、大阪を地元とする具体美術運動の仲間たちを含む現代美術作家らと大阪万博に参加した。

2014年には東京国立近代美術館で「高松次郎ミステリーズ」、 2015年には大阪の国立国際美術館で回顧展「高松次郎 制作の軌跡」、そして海外では、2017年にヘンリー・ムーア・インスティテュート(イギリス、リーズ)で高松次郎展が開催された。作品は世界各地で収蔵されている: 青森県立美術館、ダラス美術館(テキサス)、ニューヨーク近代美術館、国立国際美術館、東京国立近代美術館、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、テート美術館(ロンドン)など。

高松の作品は知性に訴える(見る者に考えさせる)もので、他のアーティストの作品に混じって展示されると地味で、理解しづらい。私は今回初めて高松の作品を数多く見ることができ、彼のコンセプチュアルな世界を洞察することができた。彼は、物理的かつ形而上学的という両観点から、現実と自己、存在と非存在、有形と無形、という認識を表現していた。高松の様々なサイズの影絵を多く見ることで、作品間の比較ができる。彼と彼の作品を撮影したビデオは、彼を生き生きと蘇らせている。緻密な図形のようなドローイングは、作品の背後にある思考過程を理解させてくれる。立体作品も展示されている。高松作品の静かで瞑想的な優雅さは、20世紀美術におけるこのアーティストの重要性を私に確信させてくれた。

ペース・ギャラリーは8階建て本社の一階、西25丁目の10番街と11番街の間にある。ロサンゼルス、ロンドン、ジュネーブ、香港、ソウルにも拠点を持ち、今年9月には東京麻布台にペース東京がオープンした。4大ギャラリー(Pace, Gagosian, David Zwirner, Hauser Wirth)の中で、東京に拠点を置く唯一のギャラリーである。 美術館と違い入場無料。

(上)『影』1966
鉛筆とボールペン・方眼紙、21cm x 29.9 cm
No. 92258
(下)『影』 09/15/1965
鉛筆・ケント紙、26 cm x 18.4 cm
No. 929257

この続きは10月8日(火)発行の本紙(メルマガ・ウェブサイト)に掲載します。
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文/ 中里 スミ(なかざと・すみ)

アクセアサリー・アーティト。アメリカ生活50年、マンハッタン在住歴37年。東京生まれ、ウェストチェスター育ち。カーネギ・メロン大学美術部入学、英文学部卒業、ピッツバーグ大学大学院東洋学部。 業界を問わず同時通訳と翻訳。現代美術に強い関心をもつ。2012年ビーズ・アクセサリー・スタジオ、TOPPI(突飛)NYCを創立。人類とビーズの歴史は絵画よりも遥かに長い。素材、技術、文化、貿易等によって変化して来たビーズの表現の可能性に注目。ビーズ・アクセサリーの作品を独自の文法と語彙をもつ視覚的言語と思い制作している。

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