「青い州」から「赤い州」へ脱出せよ(1) イーロン・マスクはなぜトランプを支持したのか? (完)

この記事の初出は2024年9月10日

「LGBTQ+」フレンドリーな州と保守的な州

 ここから、話を戻す。
 イーロン・マスクの今回のことでわかるように、アメリカには、「LGBTQ+」にフレンドリーな州と、不寛容な州がある。すなわち、ブルーステート=民主党州と、レッドステート=共和党州である。
 もちろん、レッドステートと言っても、州全体が赤ではない。共和党知事の赤い州でも、州都や中心都市はブルーシティということもある。しかし、州民である以上、州法には従わなければならない。
 全米でNo.1のブルーステート言えばカリフォルニア、そしてNo.1のブルーシティと言えば、やはりサンフランシスコだろう。サンフランシスコのカストロ地区には、レインボーフラッグを掲げたショップ、書店、バー、レストランが軒を連ね、世界中から「LGBTQ+」の人々がやって来る。逆に、保守的な人々、“アンチ・ウォーク”は、この街から出て行く。
 現在、アメリカにはレッドステートが23州、ブルーステートが17州ある。残りの10州(そのうちのとくに7州)は「スイングステート」(揺れ動く州:選挙で言う「激戦州」)とされる。当然だが、レッドステートでは、共和党主導で
「LGBTQ+」の権利を制限する法案が次々に成立してきた。

「ゲイと言ってはいけない」法案の成立

 アメリカで、特定の人種や性的志向への差別や偏見を助長しない中立的な表現を推奨する「ポリティカル・コレクトネス」(Political Correctness:政治的な公)」に対抗する動きが活発化したのは、トランプ登場以降である。
 アンチ・ウォークのキャンペーンが起こり、レッドステートでは、トランスジェンダーのアスリートによる女子スポーツへの参加制限、未成年の思春期阻害剤やホルモン剤などによる医療行為の禁止など、反「「LGBTQ+」法案が次々に成立した。
 2023年、テネシー、サウスダコタ、ミシシッピなどでは、未成年が性別適合のための治療を受けることを禁止する法案が議会を通過し、知事により署名された。
 テキサス州議会は2023年5月に、トランスジェンダーに対する思春期阻害剤やホルモン治療を禁止する法案を可決し、グレッグ・アボット知事が署名して2023年9月に発効した。しかし、その後、訴訟が起こされたが、州最高裁は2024年6月に同法は合法であるという判断を下している。
 フロリダのアンチ・ウォークの動きは、もっとも徹底していた。共和党の大統領候補予備選にも出た知事のロン・デサンティスは、「子どもの教育環境を阻害するもの」すべてを「ウォーク」と規定し、性的指向・性自認に関する議論を学校内でさせない、通称「ゲイと言ってはいけない」(Don’t Say Gay Bill)法案を成立させた。
 この件で、デサンティスとディズニーが訴訟を含む深刻な対立をしたのは、有名な話である。

アンチ・ウォークだけではない移転理由

 こうした経緯を見れば、なぜ、イーロン・マスクがブルーステートのカリフォルニアを脱出しようとしたのか?そして、トランプ支持に転向したのかがわかるだろう。
 しかし、マスクは民主党リベラルのトランスジェンダー政策への反発だけで転向したわけではない。テキサス脱出には、もう一つの大きな理由がある。
 それは、レッドステートのほうがブルーステートより、ビジネスフレンドリーであるという点だ。
 会社の移転だけに関して言えば、すでにマスクは、2021年にテスラの本社をカリフォルニア州パロアルトからテキサス州オースティンに移している。このとき、彼は「工場が手狭になり、サイズが限界に達した」と移転の理由を語ったが、本当の理由は、州の所得税がゼロなど、テキサスのほうがはるかに経費がかからないからである。
 企業の経営上、規制が多く税金が高いブルーステートよりレッドステートのほうが有利なのは、アメリカのビジネスマンの常識である。


本当にトランプ政権の要職に就くのか?

 すでにテキサスにはハイテク大手からスタートアップまで、アメリカ経済を引っ張る多くの企業が続々と移転している。「スペースX」の移転に関して言えば、NASAの宇宙センターがあるヒューストンには宇宙産業が集積しているので、移転は極めて合理的な判断だと言える。
 ただ、共和党に鞍替えしてのトランプ全面支援は、彼の政治的な本心であるかどうかは疑わしい。トランプのEV政策を、政権内部に入って動かす。AI規制にうるさい民主党より、共和党ならさらにAI関連のビジネスを発展させられると、マスクは考えているのかもしれない。
 イーロン・マスクは、9月3日、大統領選でトランプが勝利した場合に、一部で報道された「政府の無駄遣いと不必要な規制を削減するために監査役を依頼される」と言う可能性について、Xに「興奮している」と投稿した。
 トランプはすでに「マスク氏が望むなら要職に起用する」と述べている。


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山田順
ジャーナリスト・作家
1952年、神奈川県横浜市生まれ。
立教大学文学部卒業後、1976年光文社入社。「女性自身」編集部、「カッパブックス」編集部を経て、2002年「光文社ペーパーバックス」を創刊し編集長を務める。2010年からフリーランス。現在、作家、ジャーナリストとして取材・執筆活動をしながら、紙書籍と電子書籍の双方をプロデュース中。主な著書に「TBSザ・検証」(1996)、「出版大崩壊」(2011)、「資産フライト」(2011)、「中国の夢は100年たっても実現しない」(2014)、「円安亡国」(2015)など。近著に「米中冷戦 中国必敗の結末」(2019)。

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