第14回 小西一禎の日米見聞録
衆院選の在外投票、済ませましたか?
衆院選の投開票(10月27日)が迫ってきた。新総裁となった石破茂首相が率いる自民党は、所属議員による裏金問題の発覚から約1年が経った今も、国民からの不信感や怒りを招き続けており、政権を失った2009年以来、実に15年ぶりの単独過半数割れに陥りかねない危機を迎えている。首相は裏金議員の公認を巡る対応が二転三転、選択的夫婦別姓制度の導入など総裁選で意欲を示した諸課題に関しても、就任後は言動のブレが指摘され、内閣支持率は低迷、ご祝儀相場とならなかった。
そうした中、本稿のメイン読者であるトライステート・エリアにお住まいの皆様は、領事館に出向くなどして在外投票を済ませたのだろうか。さまざまな理由で、国外における1票の行使を見送らざるを得なかった人も数多くいたのではないか。
在外選挙の投票率が低いワケ
「今回は投票可能日が、水曜から日曜のたった5日」、「近くに投票所がなかったら、時間も交通費もかかって投票する気が萎えるだろうな」、「片道3時間かけて大都会へ在外投票に行ってきた」、「大使館に行くのは厳しいので、郵便で投票しました」。
X(旧ツイッター)上には、在外投票を何とか済ませた世界各地で暮らす日本人から、悲鳴に近い声が上がっている。大使館や領事館が近くになく、1日がかりで投票に行くのを余儀なくされた人や、最寄り在外公館での投票可能日数が極めて限られた人。こうした叫びは、今回だけではなく、衆参国政選挙の度に繰り返されている。
直近2022年に行われた参院選では、在外邦人の投票率は2割強(比例代表22.04%、選挙区21.91%)にとどまった。外務省の統計(2023年10月時点)によれば、在外邦人数は約129万人(選挙権を持たない18歳未満を含む)に上る。国外で投票するには、在外選挙人名簿への登録手続きを経て、登載されることが必要。ただ、現在の登録者は10万人程度に過ぎない。仮に、在外有権者を10倍の100万人とすると、事実上の投票率は2%台になる計算だ。
在外投票の実現を目指し、1993年から活動を続けてきた「海外有権者ネットワークNY」の竹永浩之共同代表(ニュージャージー州在住)は、国内に比べ、在外投票率の低さの原因について、登録者数の少なさに加え「遠すぎる在外公館」や「短すぎる投票期間」、「間に合わない郵便投票」の3大要素があると指摘。そもそも、短い日数の中で、①在外公館まで出向く②日本への投票用紙郵送③一時帰国して投票―の現状手段では限界があるとして、在外投票でのインターネット選挙の導入を訴えている。
低投票率を懸念する総務省は、既にネット選挙の実証実験を行うなど、準備を整えているほか、同省の有識者研究会は「在外投票限定でのネット選挙解禁」を盛り込んだ報告書をまとめている。Xでも、ネット投票の実現を求める声は少なくない。
ネット投票解禁、待ったなし
竹永さんは、年に数回日本を訪れ、東京・永田町の国会議員会館を回り、とりわけ自民党議員を対象に陳情活動を展開しているものの、最近の反応は極めて乏しいという。その背景を「恐らく、海外票に影響されたくないのだろう」と推測する。要は、ネット選挙の実現で、国外での投票が容易になるため、在外選挙人名簿登録者数が増えるとともに、投票率も向上し、自民党に不利になると判断しているということに他ならない。政権与党の党利党略が透けて見える。
今回の在外投票は、初めて最高裁判所の国民審査が可能となったのが特徴だ。「選挙」などの作品で知られ、ニューヨークに深いゆかりがある映画監督の想田和弘さんらが「国民審査に投票できないのは違憲」として訴えた国家賠償で、最高裁が一昨年、違憲判決を下したためだ。順次勝ち取ってきた比例代表、選挙区に新たに国民審査が加わり、投票できる機会は国内在住の有権者とまったく同等になった。
2017年に渡米した私は、2019年の参院選でニューヨークの総領事館で初めて在外投票に臨んだ。当時は、在外選挙人証を渡米前の住所があった自治体の選管から取り寄せた上で、在外選挙人名簿に登録する手続きが必要で、このやり取りに4カ月を要した。2018年以後は、出国時の住所がある選管に申請すれば、在外選挙人名簿に登録できる制度が始まったものの、「自治体側の説明不足」(竹永さん)で、登録済みの在外選挙人は一向に増えていない。
国外に転居してみて、これまでは見えてこなかった、あるいは、見ようとしなかった日本の実情が新たに浮き彫りになった経験がある人は、少なくないだろう。海外にいるからこそ、国際社会における地位が著しく低下している日本の状況を相対化し、客観視するがゆえに行く末を案じ、権利を行使したい在外有権者の投票への道を広げるには、海外からのネット選挙の実現が一刻も早く求められよう。
小西 一禎(こにし・かずよし)
ジャーナリスト。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い会社の休職制度を男性で初取得、妻・二児とともにニュージャージー州フォートリーに移住。在米中退社。21年帰国。コロンビア大東アジア研究所客員研究員を歴任。駐在員の夫「駐夫」として、各メディアに多数寄稿。「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表。専門はキャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、団塊ジュニアなど。著書に『妻に稼がれる夫のジレンマ~共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)、『猪木道~政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実』(河出書房新社)。